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【名作映像案内】第22回 終戦70周年特別企画『日本のいちばん長い日』

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 今年8月8日、新作映画『日本のいちばん長い日』が公開されました。この映画は半藤一利氏のノンフィクション『日本のいちばん長い日』と『聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎』の2冊を映画化したもので、昭和20年8月14~15日を中心にポツダム宣言受諾や陸軍の蹶起などを描いたものです。
一方、昭和20年8月14~15日の出来事を描いた映像作品は過去に何作も作られています。
 以下、本稿の文中で原作のページ数を記す場合はそれぞれ文春文庫版『日本のいちばん長い日』とPHP文庫版『聖断』のページ数です。尚、本稿は映像作品の中で描かれた歴史上の事件を解説するもので、史実を論評するものではないことをご理解戴ければ幸いです。

【関連:役所広司主演『山本五十六』公開記念 太平洋戦争映画・テレビドラマ大全】

 書籍『日本のいちばん長い日』はポツダム宣言の発表から始まりますが、その本筋は8月14日正午から8月15日正午までの24時間を描くものです。一方の書籍『聖断』は事実上、鈴木貫太郎の伝記となっており、鈴木の生誕から死去までその生涯が記されています。
 ポツダム宣言受諾において重要な役割を果たしたのが天皇の聖断ですが、書籍『日本のいちばん長い日』では聖断は前座のような感じでしたので、なぜ聖断が可能になったのかの背景については、書籍『日本のいちばん長い日』ではなく書籍『聖断』の方に詳細に書かれました。
結論から言うと、聖断が可能になった背景は、鈴木がかつて侍従長を務め天皇から信頼を得ていたからです。また、天皇の聖断を内閣が実行に移し得た要因として、陸軍大臣の阿南惟幾がかつて鈴木侍従長の時代に侍従武官を務めていたという事情があったものと思われます。
 この点については、私は2012年1月5日にアップロードした「役所広司主演『山本五十六』公開記念 太平洋戦争映画・テレビドラマ大全」( http://otakei.otakuma.net/archives/2012010501.html )で「鈴木が侍従長だった時、阿南は侍従武官だった点」と指摘しました。
 しかし鈴木が侍従長、阿南が侍従武官を務めた時期は昭和初期であったことから、太平洋戦争を描いた映像作品にその場面が登場することはありませんでした。せいぜいテレビドラマ『歴史の涙』で「侍従武官をされた大臣」という台詞が登場する程度でした。

 さて、新作映画『日本のいちばん長い日』は、1945年4月に鈴木貫太郎に大命降下する場面から始まります。これに対し、映画『日本敗れず』は現代の華やかな東京の光景、1967年の映画『日本のいちばん長い日』は原作通りポツダム宣言、『歴史の涙』は8月13日から始まります。『日本敗れず』の冒頭部分は現代人に対し、未来に向けて歩む上で先人達に思いを馳せるよう促すものです。
 そして天皇が鈴木に首相就任を依頼する場面から、書籍『聖断』で描かれたエピソードが次々と映像化されていきます。
天皇が鈴木に首相就任を依頼する場面では、天皇の回想シーンという形で、前述した鈴木侍従長、阿南侍従武官の様子が描かれます。書籍『聖断』148ページに描かれた、阿南が天皇の服装を整える場面です。鈴木侍従長、阿南侍従武官の仕事ぶりが映像化されるのは恐らく初めてではないでしょうか。鈴木首相が侍従長、阿南が侍従武官を務めていた件は極めて重要な史実であり、回想の形でこのシーンを挿入した新作映画『日本のいちばん長い日』は高く評価されるべきであると思います。

 映画前半の重大な場面の1つとしては、6月22日の御前会議の場面があります(書籍『聖断』401ページ)。NHKBSプレミアムで今年放送された番組『知られざる陸軍終戦工作 あなたは“弱気の勇気”がもてますか?』で、6月22日の天皇の発言”も”聖断であった、と指摘していましたが、それぐらい重要な場面をちゃんと描いたところも、映画の作り手が歴史をよく理解していた証左と言えましょう。

 そしていよいよポツダム宣言が発表され、書籍『日本のいちばん長い日』の領域に突入。
8月9日深夜(8月10日午前)の御前会議と8月14日の御前会議で天皇の聖断が下ります。新作映画『日本のいちばん長い日』では、過去の映像作品よりも聖断が下された御前会議の描写が充実しています。過去の映像作品は8月14日正午~8月15日正午を主眼にしていることも影響しているでしょう。
新作映画『日本のいちばん長い日』の公開記念フォーラムでは原田監督が御前会議のシーンについて「3人(引用者註・天皇、鈴木、阿南)が1フレームの中に入るカットが映画のヘソだと思」ったと述べています。

 8月14日の聖断は、下村宏・情報局総裁の記録によれば「日本がまったくなくなるという結果にくらべて、少しでも種子が残りさえすれば、さらにまた復興という光明も考えられる。」(書籍『日本のいちばん長い日』74ページ)という発言があったそうです。天皇が生物学者であることも影響しているのかもしれませんが、『アニメンタリー 決断』はかなりこの天皇の発言を意識した作りになっていると観察されます。
 テレビアニメ『アニメンタリー 決断』の劇中、8月9日の場面で蘇鉄が画面に強調するように映り、下村総裁が蘇鉄について
「空襲でやられて木も葉も真っ赤に焼けてしまった。でも今日ふと見るとその焼け焦げた木々の間からいつの間にか青い新芽が出てるんだよ。日本の国民は蘇鉄だよ。どんなことされてもきっといつかは新しい芽を吹く。根こそぎ取っちゃいかん。どんな形でも残しておかなくちゃ。」
と語っているのですが、この脚本は8月14日の天皇の発言を意識したものでしょう。この蘇鉄の比喩は、日本が戦後に復興するであろうことを象徴的に表現しており、後述する『日本敗れず』の台詞にも通じる点があります。

 さて、ポツダム宣言受諾を巡って焦点の1つとなったのは陸軍の動向です。
 ポツダム宣言受諾に対して強硬な意見を唱える阿南陸相がもし辞職してしまえば、陸軍は軍部大臣現役武官制を悪用して鈴木内閣を倒閣することができます。
 更に一部の陸軍軍人が、阿南を首領として担ぎ上げてクーデターを起こす計画を練っていました。

 この時の阿南の心境については諸説ありますが、阿南が自決してしまったため真相は不明となっております。
 しかし『日本敗れず』では登場人物が、阿南は陸軍将校の軽挙妄動を抑えるために一芝居打ったという台詞を明言していました。
 新作映画『日本のいちばん長い日』では、陸軍将校の暴発を防ぐために阿南が一芝居打つ様子が映像化されています。閣議の模様を陸軍省に電話で伝える際、事実とは異なることを言ったのです。
 これに対し1967年版『日本のいちばん長い日』では天皇の聖断を聴いた阿南の寂しそうな表情を映し出すことで阿南の心境を観客に伝えていました。

 新作映画『日本のいちばん長い日』は(他の映像作品もそうですが)、ポツダム宣言発表以降、途中まで、会議の場面が映画の中心となります。本稿では、新作映画『日本のいちばん長い日』の会議の場面における特徴を3点指摘したいと思います。

 1点目は安井藤治・国務大臣の存在です。安井国務大臣は阿南陸相と陸軍士官学校の同期であったため、阿南の良き理解者であり、書籍『日本のいちばん長い日』31ページ、書籍『聖断』471ページ等に安井の描写がありますが、過去の映像作品では安井の出番はありませんでした。しかし新作映画『日本のいちばん長い日』では山路和弘が安井を演じ何度も画面に登場しました。

 2点目は、詔書案における「戦勢日に非にして」という文言について、「戦局好転せず」と訂正すべきだと主張する阿南陸相と、「戦勢日に非にして」でよいとする米内光政・海軍大臣の激論です(書籍『日本のいちばん長い日』123ページ以降)。結局、米内海相は「戦局好転せず」という文言に同意します(書籍『日本のいちばん長い日』136ページ)。
 1967年版『日本のいちばん長い日』では、米内の見解が変わった経緯について、トイレに立ち寄った、阿南に小声で話しかけた、と原作にあるエピソードを映像化していますが、米内が考えを変えた理由については、登場人物が推測して台詞で説明する、という形をとっています。
これに対して新作映画『日本のいちばん長い日』では米内の考えが変わった理由を映像化していました(その代わり、トイレに行く場面と小声で話す場面はなし)。

 3点目は詔書案における「義命の存する所」という文言についてです。この文言を考案した人物は、義命という単語に重大な意味を込めたそうですが、閣議で「時運の趣く所」に変えられてしまいました。これに対し、新作映画『日本のいちばん長い日』では迫水久常・書記官長(演・堤真一)がこの文言がいかに重要な文言であるかを熱く語っています。このような場面は過去の映像作品では登場しませんでした。

 一連の閣議の後、阿南が鈴木を訪ねる場面が各種映像作品にある(書籍『日本のいちばん長い日』では184ページ)のですが、『日本敗れず』では阿南と鈴木が「日本は必ず復興する」と確信し合っています。『日本敗れず』におけるこの場面は、冒頭のナレーション及びラストシーンに対応しており、極めて重要な場面となっています。

クーデターを企てる陸軍将校のエピソードは、会議の場面と並び、ポツダム宣言受諾を描いた映像作品の中心となるエピソードです。
クーデター計画は失敗に終わるのですが、その際、新作映画『日本のいちばん長い日』には他の映像作品にはなかった場面がありました。それは、畑中健二少佐(演・松坂桃李)がマイクの前で原稿を読み上げる場面です。畑中少佐の無念を表現した場面と言えましょう。

 話は変わりまして、新作映画『日本のいちばん長い日』の特徴として、NHKの女性職員(演・戸田恵梨香)に見せ場を与えた点があります。では過去の映像作品はどうだったかと言うと、『歴史の涙』はかなり女性登場人物の比重が高い作品でした。女性登場人物がナレーターを兼任し、NHKの女性職員(演・大竹しのぶ)の活躍も描かれました。

 そしてクライマックスである玉音放送の場面に至ります。
 新作映画『日本のいちばん長い日』では玉音放送がいきなり流れ、放送を聴く天皇の姿で映画は幕を閉じました。他の映像作品と比べると、かなりあっさりした終わり方でした。
 『日本敗れず』では玉音放送を聴く農民、パイロット、子供を出産したばかりの母親、走り回る子供など様々な人々が映し出され、次の場面では現在(映画公開当時)の場面となります。現在の映像では子供達の元気な姿が映し出され、終戦時に生まれた子供達が元気に成長していることを表しています。言い換えれば、もし本土決戦が行われていれば、子供達は亡くなっていたかもしれない、ということを示唆しています。平和を尊ぶラストシーンであると言えます。
また、前述の通りこの映画では阿南と鈴木が「日本は必ず復興する」と確信し合うシーンが極めて重要であり、ラストシーンと合わせて、日本の復興を祝福していると言えます。この辺りは、1954年当時の日本人の感覚が反映されているのではないでしょうか。
 1967年版『日本のいちばん長い日』のクライマックス、玉音放送のシーンは、史実の玉音放送をかなり忠実に再現しているようです。玉音放送のリアリティーでは1967年版『日本のいちばん長い日』が最も優れているのではないでしょうか。この映画のラストでは、焼け野原等の記録映像を背景に
「太平洋戦争に兵士として参加した日本人 1,000万人(日本人男子の1/4)
戦死者200万人 一般国民の死者100万人
計300万人(5世帯に1人の割合いで肉親を失う)
家を焼かれ財産を失った者1,500万人」
という強烈な字幕が表示されます。作り手の「なぜこれほど多くの人が亡くなり、被害を受けてしまったのか」「なぜこんな戦争をしてしまったのか」という強い憤りが伝わってきます。そしてラストのナレーションでは「再び戦争の惨禍を繰り返さないように祈るもの」と語られています。
 尚エンディング曲の最後では鐘の音が響き渡り、平和を感じさせるムードとなっています。
 『歴史の涙』のラストは昭和21年、22年、26年のドキュメンタリー映像が流れ、戦後の阿南夫人の様子などが描写されました。そして最後は現在(放送当時)の皇居周辺の風景で幕を閉じました。各種映像作品の中でも、戦後の描写に最も力を入れた作品となっています。1980年放送ということで終戦から年月が経っているので、昭和史を振り返る要素が加えられたと言えそうです。
 
 ここで、『アニメンタリー 決断』から重要な台詞を引用したいと思います。ポツダム宣言受諾を描いた映像作品において、私達は、ポツダム宣言受諾を推進する者と抵抗する者を見てきました。なぜ判断が分かれたのでしょうか?同作で下村はこう語っています。
「みんな国のためになると思ってのことだ。だが国のためになると言ってもいろんなものがある。それを間違えないのが最高指揮者の決断なんだね。」
「みんな命懸けだった。もちろん陛下も、阿南も、米内も、東郷(引用者註・東郷茂徳外務大臣)も。でもなぜ命懸けなのにみんな判断が違うのだろうか。その違いは国体護持だ、日本だと言うけれども、みなそれは国があり国民が残っていての話。この大本をつかんでいないのだ。国なくしては国体も何もない。今はその国を残しておくことが肝心なのだ。国さえ残しておけば日本は必ずまた芽を吹く。そのテーマをしっかり見つめる目だ。しかもそれを見るためには自分だけの立場にとらわれず、将来の見通しに立つかどうかなんかじゃないかな。本当の決断というものは。そして、あとは勇気。」

 最後に、7月31日の読売新聞に掲載された役所広司のインタビューを引用し、本稿を締め括りたいと思います。
「終戦に向けた時間は、時代を超えて描き続けなければならないと思う」
 新作映画『日本のいちばん長い日』は、ポツダム宣言発表より前は今まで映像化されなかった場面が殆どですが、ポツダム宣言発表以後は過去の映像作品で描かれた場面が多いと言えます。しかし役所の言葉は、過去の映像作品で描かれた場面を新たに描くことの意義を語っているのです。

■参考資料
半藤一利『決定版 日本のいちばん長い日』2006年、文藝春秋
半藤一利『聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎』2006年、PHP研究所
半藤一利『昭和史 1926-1945』2009年、平凡社
角田房子『一死、大罪を謝す 陸軍大臣阿南惟幾』1983年、新潮社
『鈴木貫太郎内閣の133日』2003年、野田市郷土博物館
生出寿『捨身提督 小沢治三郎』1984年、現代史出版会
堤堯『昭和の三傑 憲法九条は「救国のトリック」だった』2004年、集英社インターナショナル
野島博之・監修『昭和史の地図』2005年、成美堂出版
『東宝・新東宝戦争映画DVD4号 日本のいちばん長い日』2014年、デアゴスティーニ・ジャパン
『歴史街道』2015年9月号、PHP研究所
『朝日新聞』2014年8月9日号
『読売新聞』2015年7月31日号、8月8日号
テレビ番組『映画「日本のいちばん長い日」 終戦70年を経て今、語られる物語 継承すべき史実編』2015年、WOWOW
テレビ番組『報道ライブ21 INsideOUT』「シリーズ『戦争を語り継ぐ』映画監督・原田眞人」2015年、日本BS放送
テレビ番組『歴史秘話ヒストリア』「天皇のそばにいた男 鈴木貫太郎 太平洋戦争最後の首相」2015年、日本放送協会
テレビ番組『歴史秘話ヒストリア』「もうひとつの終戦~日本を愛した外交官グルーの闘い~」2015年、日本放送協会
テレビ番組『知られざる陸軍終戦工作 あなたは“弱気の勇気”がもてますか?』2015年、日本放送協会
テレビ番組『昭和偉人伝』「鈴木貫太郎」2015年、ビーエス朝日
CD『映画音楽 佐藤勝作品集2 戦争映画篇』1992年、サウンドトラック・リスナーズ・コミュニケーションズ
CD『男たちの戦記 東宝戦記映画音楽集』2005年、東宝ミュージック

(文:コートク)

※「【名作映像案内】第22回 終戦70周年特別企画『日本のいちばん長い日』」はおたくま経済新聞で公開された投稿です

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