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「真剣交際」「仲のいい友人の一人」困惑する言葉が堂々機能

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 近年、嫌~な日本語がやたらと使われている。フリーライターの武田砂鉄氏は、そのひとつとして「仲のいい友人の一人です」を挙げる。いったいなぜなのか。

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 芸能人評を定期連載していることもあり、芸能人の熱愛報道が流れれば一通りチェックすることになる。しかし、本人のブログや事務所からのFAXに記される文言はおおよそ決まりきっていて平凡極まりない。

「仲のいい友人の一人です」と本人が言えば、「プライベートのことは本人に任せています」と事務所が添える。本人が一切答えずに事務所が「弊社所属タレント○○について、一部週刊誌で報道がございましたが、事実ではございません」と冷たく突っぱねる場合も少なくない。

 今や、芸能ジャーナリズムという概念は消え失せてしまった。時折ワイドショーに出てくる芸能ジャーナリストは単なる「事情通」であり、常に後出しじゃんけんで「実は知っていた」「そんな噂が流れていた」と我が物顔で登場するが、そこに独自の分析は皆無である。

「仲のいい友人の一人です」という決め文句、意地悪く掘り返せばこれほど矛盾を含んでいる言葉も珍しい。友人とは仲がいいから友人なのであり、もしも当人が自分の友人を「仲がいい」と「そうでもない」とで階層を設けているならば、なかなか薄情な人である。

 階層を設けた上で「仲がいい」ほうに区分けされるのであれば、それはそれで特別な関係を示唆しているのではないか……と勝手に数式を解くのだが、声明を出す側はそんなことはいちいち問われるはずもないと知っているからこそ、代わり映えしない決め文句で済ますのである。

 昨今の政治家はどんな事象が生じても「極めて遺憾」という言葉で済ませようとする。なぜそれを乱用するかと言えば、新聞やニュース報道が、そのまま素直に「○○大臣、遺憾を表明」との見出しで報じてくれるからである。なぜ遺憾と思ったのかの詳細を問い詰めず、自分たちのメディアがどう考えているかも添えず、「極めて遺憾と述べた」で記事を締めくくってしまう。

 芸能記事には時折、「真剣交際」という日本語が躍る。とっても不可思議な日本語である。

 交際とはおおよそ真剣なものであるが、かといって、それを外部から真剣かどうかを規定することは極めて難しい。夜な夜な芸能人の自宅マンションの前に張り付いて「すみません、この交際は真剣ですか!?」と問うて、にこやかに「勿論!」と笑顔で答えてくれる人は少ないだろう。

 政治家にしても芸能人にしても、「この言葉を投げておけば大丈夫」というスタンスで投じてくる言葉がある。

 ジャーナリズムとは、こういう緩慢な態度を掴まえる取り組みであるはずだが、投げられたテンプレートを素直にはめ込むだけで終えてしまう。この出来合いのコミュニケーションが、奇妙な言葉遣いを慣例化させていく。

「仲のいい友人の一人」って、日常会話に取り込みようがない。「いやー、久しぶりに楽しかった。やっぱりおまえは仲のいい友人の一人だよなぁ」と投げたら、相手は困惑するだろう。その手の困惑する言葉が、メディアでは堂々と機能しているのだ。

※SAPIO2015年11月号


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