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ジョン・レノンが訪れた地へ − カナダでの「平和の週末」前編

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ジョン・レノンとオノ・ヨーコ、1969年6月。モントリオールでの「平和のためのベッド・イン(Bed-in for Peace)」パフォーマンス中。

ケベックで平和の週末

ある週末、私は「Fairmont Queen Elizabeth Hotel(フェアモント ザ クイーン エリザベス)」の部屋の一つ、「ジョン・レノン+オノ・ヨーコワンスイート(#1742)」にチェックインしましたが、最初は何をすればがいいか、見当がつきませんでした。

平和の象徴として知られるこの部屋は、1969年5月にジョンとヨーコが世界中で有名なパフォーマンス「ベッド・イン」を行って、平和を望む人々と一緒に「Give Peace a Chance」という平和をテーマにした歌を録音しました(彼らは5月26日にチェックインしました)。

当時、私はまだ若すぎて、その出来事をあまり覚えていません。しかし昔からビートルズのファン、そして精神的に安らぐ場所が好きな私は、フェアモント・クイーン・エリザベスホテルの特別なこの部屋に泊まることができると聞いて、とても興奮しました。

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この部屋には「平和と愛」の気持ちがまだ残っているのでしょうか。ジョン・レノンと同じ部屋で寝たら、どんな感じがするでしょうか。この有名な出来事は、どのように記憶されているのでしょうか。そしてこの部屋に泊まったら、私の生まれつきの理念主義がインスパイアされるのでしょうか。これらの問いの答えを探すために、私はこの部屋に泊まったのです。

平和の電車に乗って

穏やかな週末はモントレアールとケベックで過ごすと決めました。モントレアールの北方にあるSivananda Yoga Camp(シヴァナンダ・ヨーガ・キャンプ)の親切な人々が私を誘ってくれたし、知り合いもフェアモント・クイーン・エリザベスの部屋に泊まると聞いたら、会おうと言ってくれたので、私はVIA Rail trainに乗りました。これは私が思いつく、トロントとモントリオールの間を移動するための一番平和な行き方でした。

電車での旅行が嫌いな人はいないでしょう。私はよくインドを電車で旅していますが、現地の人と同じように旅行するには電車がベストな移動手段です。もちろんカナダの電車旅は、インドとは違う体験になるはず。気楽ですが、一方で冒険は少ないと思います(少なくともトロントからモントリオールまでのルートはそうです)。

2年前にトロントのユニオン・ステーションに行って、ビジネスクラス乗客向きのパノラマラウンジの開催イベントに参加しました。そこで、VIA Railの執行員が「電車旅行が20世紀を切り抜けて生き残ったら、21世紀の主人公になるだろう」と話していました。

なるほど! 我々の日常生活はめまぐるしいほど早く、ストレスばかりです。特に航空旅行は非常にストレスフルなのではと思います。一方で電車に乗れば、窓から景色を見つめながらリラックスできるはずです。料理や飲み物が提供されているし、席を外して少し歩いたり、トイレに行ったりすることも自由にできます。目的地に到着すると、そこは離れている郊外ではなく町の中心。電車はちょっと時代遅れなのではと思いきや、VIA Railでは無料のWi-Fiがあります。 さらに電車で移動することは環境にいい影響も与えるのです。ロンドンからパリまでの旅行を比較した最近の研究結果によると、飛行機より、電車でパリまで行くと、乗客一人につきCO2排出を90%まで減らせます。

電車旅行は私の平和をテーマとしたシヴァナンダ・ヨーガ・キャンプと、平和のスイートルームへ宿泊する週末に一番ふさわしい選択でした。この記事も電車で書いています。動いているか動いていないか曖昧な振動に揺られながらインスピレーションを受けている自分がいます。そしてそのインスピレーションを表現している自分もいるのです。ウキウキする自分と安穏する自分。電車から見通しているカナダの田舎の景色は、私の心に安らぎを与えてくれます。

ジョン・レノン、モントリオールと私

ジョン・レノンとオノ・ヨーコ、1969年6月。モントリオールでの「平和のためのベッド・イン」

モントリオールに着いたら、まずセン・ロレン道(Blvd. St-Laurent)にあるシヴァナンダ・センターに行きました。Swami Vishnudevanandaが1950年代後期に欧米にヨガを教えるためにインドから来て、ここに居を構えました。そして、シヴァナンダ・センターから車で1時間ぐらいの北部にある街へ連れてもらいました。この週末の旅行では精神的な安らぎとストレス解消方法についてよく考え、これからの自分の生活をどのように送ればいいかについてのヒントも探しました。

シヴァナンダ・センターで過ごした週末は、いろんな意味で私を元気づけてくれました。素敵なローレンシア山脈から離れなければいかなかったのは、少し寂しかったけれど、モントリオールの平和のスイートルームへの期待も高まっていました。

私が平和のスイートルームに入ったとき、最初に何をしたと思いますか? まず部屋全体を見回して、ジョンとヨーコの写真と額縁入りの新聞の切り抜きをよく見ました。きれいに額に入っている12枚の写真や新聞があちこちに飾ってあります。

ゴールドレコードのコラージュとベッドで足を上げた愉快なポーズのジョンの写真もありました。フェアモント・クイーン・エリザベスからは、歓迎チョコレートをもらいました。ピースがモチーフになったチョコレートは食べてしまいましたが、ジョンとヨーコの写真がデザインされたチョコレートは、今も家の冷蔵庫に残してあります。

スイートルームは落ち着いた雰囲気が漂っていて、大きな窓からモントリオールの下町が見えます。「ベッド・イン」のときにジョンとヨーコはリービングルームの窓下にベッドを動かしたそうです。そこで私も寝る前に、ベッドが置いてあったはずの場所で瞑想をしました。そして「Give Peace a Chanche」と「Imagine」(私が大好きな歌)を聞きました。

「平和のスイート」の居間。1969年に実際にここに「ベッド・イン」が行われた。

「平和のスイート」の寝室。ベッドの上にジョンとヨーコの写真が貼ってある。

その夜はすごく深い眠りにつきました。普段、新しいホテルの部屋で寝るときは、そんなに深く眠ることはめったにないのに。多分この部屋には、本当に安らぎを与える力が残っているのだと思います。しかし、深い悲しみも漂っているのです。

ジョン・レノンの話に戻りましょう。彼のことを考えると、心が痛くなります。詐欺師でヒーロー、無礼で理想家、冷酷で単純な性格を持っていた男。以下はレノンの「ベッド・イン」の動画となります。このパフォーマンスはベトナム戦争のときに行われていました。レノンがマハトマ・ガンディーやマーティン・ルーサー・キングの言葉を引用しながら、彼らは自分の信念のために殺されたと主張しました。そして、知らずに自分の死も予言していたのです。

彼の死は早すぎたのです。殺されたとき、レノンは幸せな夫婦生活を送っていて、若い息子の父親でした。なかなか落ち着かない、批判的かつ理想主義的な心は、やっと安穏を見つけたばかりでした。レノンが殺害されたのは1980年です。つまり「ベッド・イン」の11年後、そして史上に極めて人気が高い歌で、理想家の賛歌だとも言える「イマジン」を作ってからたった9年後です。 私の母のお葬式にもこの歌を流しました。母もレノンの大ファンでした。そして平和のスイートルームでの時間も、この歌を聞きながら過ごしたのです。

[この記事の作者について:マリエッレ・ウォードは「意義のある旅行冒険」を探るカナダ出身のトラベルライラーです。旅ブログのBreathedreamgoはインドをはじめ、世界の国々に関する情報や旅アイディアを配信しています。マリエッレ・ウォードのカナダに関する記事に興味がある方はこちら(英語のみ)]

Licensed material used with permission by Breathedreamgo (Facebook, Instagram, Twitter)

訳:Barbara Casu

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*Mami Nakae「モントランブランとモントリオールでカナダの秋を堪能

*Saki Asao「【カナダ】アートな街、モントリオールをぶらりと散策する旅

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