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川島なお美さん 常に芸能マスコミに愛され続けた理由とは

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 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、9月24日夜に亡くなった川島なお美さんを追悼。

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「息を引き取るまで川島なお美はやっぱり川島なお美のままでした」

 24日、胆管がんのため、都内の病院で亡くなった川島なお美さんの御主人でパティシエの鎧塚俊彦さんが自身のFacebookに寄せたコメントである。

 さすがは御主人。なお美さんのことをよくわかっていらっしゃるし、最期まで女優として生き抜いた川島なお美さんのことを「カッコイイ」と感じたのは私だけではないだろう。

 なお美さんと私とは、三枝成彰さんや林真理子さんがリーダーシップをとってくれている「エンジン01文化戦略会議」という文化人団体で、共に「動物愛護委員会」に所属。さまざま活動してきた。

 今年3月にも、富山県で行われたオープンカレッジに参加し、環境省に提出する動物愛護の法改正にまつわる署名活動を行った。

 昨年9月に御一緒した川崎市の動物愛護フェアへの参加が今年は叶わなかった川島なお美さんについて、動物愛護委員会委員長の湯川れい子さんと「さびしいわね」と言い合ったのは、ほんの数日前のことである。

 青山学院大学の後輩でもあるなお美さんとの想い出はさまざまあるが、今回はあえて“芸能マスコミと川島なお美”について記したいと思う。

 芸能リポーターやスポーツ紙、週刊誌の記者らから彼女がどんなふうに言われているかというと、「見出しになることを必ず言ってくれるサービス精神旺盛な人」で意見が一致すると思う。

 取材を受けたとき、自分が何を言えば視聴者や読者を喜ばせられるか瞬時に理解し、キャッチーでセンスに溢れるフレーズを放つ、唯一無二の存在だったなお美さん。

 なかでも、もっとも有名なのは「私の身体には赤ワインが流れている」(「私の身体はワインでできている」とも伝わっている)だ。

 実は彼女が初めてこう発言したのは、私が構成を担当していた深夜のインタビュー番組ではなかったかと思う。

 カリスマDJの坂上みきさんがテレビに再進出したばかりの日本テレビ系の帯番組『i-Z』(イーズィー・97年4月~99年3月)である。

 この時期と言えば、「ミスDJの川島なお美」「お笑いマンガ道場の川島なお美」から「女優・川島なお美」に、彼女が生きるステージを変えたときと重なる。『失楽園』や『くれなゐ』(共に読売テレビ制作・日本テレビ系)での体当たり演技が世に広まったのだ。

 彼女がなぜ、この作品に巡り会えたのかは、原作者の渡辺淳一先生への“直訴”が実ったからだと言われている。このエピソードでもわかるように、川島なお美さんという人は、芸能界でも一、二を争うほどセルフプロデュースに長けた女性なのである。

 話を戻そう。「私の身体には赤ワインが流れている」は、聞き手がトレンドに精通していて大人の女性である坂上みきさんだったから生まれた言葉のように思う。松田聖子の「ビビビ婚」も、当時、TOKYO FMの人気DJだった高見恭子さんがインタビューをしていたとき、彼女が先に「ビビビ」というフレーズを出している。

 坂上さんも、ノースリーブの衣装で現れた川島なお美さんの二の腕を差して、あの名フレーズが出るようにもっていったように番組スタッフである私には見えていた。

 だが、収録後、「名フレーズの宝石箱のような川島なお美はタダモノじゃない」と坂上さん以下、スタッフ一同、おおいに盛り上がったのを覚えている。以来、なお美さんは、件のフレーズと共に「ワインと言えば川島なお美」というポジションを築いた。その後、スタッフには、『くれなゐ』と同名のワインが届けられた。彼女のサービス精神は、そういうところにも及んでいたのである。

 ワインと言えば、抱えていたワインを庇い、エスカレーターの最上段から下まで一気に落下。20針も縫う大怪我を負ったと報じられたこともあった。その際も「お裁縫の好きな先生で」と記者たちの笑いをとったなお美さんだ。

 鎧塚さんと結婚した際の数々のコメントも忘れられない。女友達から「9回の裏、逆転ホームラン」と言われたというなお美さんは、妥協、打算、惰性なしの「3Dなし」の結婚だとも表現。

「彼というグラスの中で熟成させていく」と、“ワインの女王”としてお嫁にいったこともスポーツ紙やワイドショーでは見出しやサイドスーパーとなった。

 長い芸能生活の中では、大学時代の“カンニング事件”でバッシングをされたり、彼女の前では“禁句”と言われていた『お笑いマンガ道場』(中京テレビ・日本テレビ系)出演の“過去”や、映画の『失楽園』でヒロインをつとめた黒木瞳との確執なども取りざたされた。

 でも、林真理子さんを介して、2011年9月には、エンジン01文化戦略会議の女性メンバーが『グレ』(東京・銀座)で一日ママを担当したチャリティー企画に、なお美さんも黒木さんも参加しているし、あるときから『お笑いマンガ道場』もNGではなくなった。

 それだけ、なお美さん自身が“熟成”されてきたということだろう。

 彼女の最後のブログ「動かなくなったエンジンを直しています」という文言は、もしかしたら、300人近くいる「エンジン01文化戦略会議」のメンバーへのメッセージだったのかもしれないと勝手に思っている私。

 あらゆるジャンルの文化人が所属する同団体の中で、なお美さんは本当にモテモテだったし、活動に彼女が居てくれるだけで、その場が一瞬にして華やいだし、どこでイベントをしても人々が群がるのは川島なお美さんの前だった。

「最後まで川島なお美だった」川島なお美さんの御主人だけあって、鎧塚寿彦さんは自宅駐車場に詰めかけたマスコミに対し、「あとでちゃんと話しますから」と言ってくださった。

 最期まで芸能マスコミに“貢献”した川島なお美さん。

 芸能ライターの一人として、バラエティー専門放送作家の一人として、エンジン01文化戦略会議の仲間として、私は決して貴女を忘れることはないでしょう。

 川島なお美さんの御冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌


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