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有名大学法学部卒のエリート!世界有数のDJ・アーミンの人生がかっこよすぎる・・・

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3日間で9万人の動員を記録し話題になったEDMフェス「ULTRA JAPAN」にも出演していた超大物DJ「アーミン・ヴァン・ブーレン」のインタビューが「NextShark」に掲載され話題になっている。どうやら彼、オランダの権威あるライデン大学法学部を卒業している超インテリなのだとか。

もともと法学部だった彼が伝説的なDJになるまでの経緯や意識は必見だ。

法学部の学生が
EDMの伝説的DJになるまで

EDM業界の伝説に残るDJ「アーミン・ヴァン・ブーレン」(38歳)は1995年、19歳でリリースした楽曲「Blue Fear」をヒットさせた後、20年間様々なヒット作を生み出し続け、『DJ Mag』の読者から世界ナンバーワンDJに5度も選出された。
2013年にはシングル作品がグラミー賞にもノミネート。トランスミュージックのアーティストとしては、至上4人目となる偉業だ。

ファンにもあまり知られていないが、彼はライデン大学の法学部出身。一時休学し、2003年に復学して学位を取得後、卒業している。その時にはすでにミュージシャンとして成功しており、興味も音楽業界へと移っていたそうだが、彼が学位取得のために大学に戻ったのは、法学部を卒業すると父と祖父に約束していたからだそうだ。

第一志望は医学部だった

「本当のところは医学部に進学したかったんだ。でも、オランダにはある制度があって、毎年1,500人しか医学部に進むことができない。そのこともあって、ドクターへの道には幾つか問題があり進学はできなかった。

親との約束もあって法学部に進学して、卒業しない理由がなかった。最初の年は好きになれなかったけど、最後の2年間は楽しめたよ。著作権のシステムと、それがどう機能しているのかにとても興味があったんだ。

その時は、インターネットがどれほど人々の生活を変えてしまうのか全く分かっていなかったけど、特に著作権問題に関わる人たちの生活は大きく変わったよね。今となってはとてもいい選択をしたなと思ってる。卒業もしたしね」

音楽一本での生活は
考えていなかった

「音楽だけで食べるには、ヒット作を生み、ライブして、家賃や生活費を払えるくらい成功しなきゃいけない。だけど、そのプレッシャーを感じたいと思ったことはない。僕が欲しかったのは日常のことをストップできる逃げ場のような空間だったから。

僕は常にクリエイティブでありたいと思っていて、そのためには金銭的なプレッシャーがあってはいけないと思ってる。少なくとも僕は個人的にそうなんだ。法学部を卒業して得た知識は今でも使えるくらい頼りになるから、とても感謝してる」

成功の理由は
「キャリア」を考えなかったこと

「音楽だけで食べていこうとか、ライブしなきゃとか、DJで成功しないとって思ったことはないね。なんでかと言うと、ご承知の通り僕がDJを始めた頃には『Dj Mag』はおろか、『Electric Daisy Carnival』も『Tomorrow Land』もなかったから。ラジオでもダンスミュージックを大々的に取り上げることなんてなかったんだ。だから、自分のトラックが国のラジオで流れるなんて考えられないことだった。

もともとはスタジオで楽しんでやっていたことだ。お金や成功を手に入れたいから機材を買ったのではなくて、新しいテクノロジーに興味があった。
サンプルを使って音楽制作するのが好きで、母がキッチンを掃除している時にその音をサンプリングして楽曲制作してた時のことを覚えてるよ。母親には嫌がられたけどね。ただ、クリエイティブなことを楽しんでいただけなんだ。みんなが釣りにいくのと一緒さ」

「常に、リスナーが正しいと思う」

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