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古舘佑太郎 青春群像短編小説 第一回「埠頭」

NeoL01

『埠頭』

 

夜空の端っこに、ぽっかりと白い穴を開けて月が浮かんでいる。先ほど強引に乗り越えた時に、手に付着した金網の赤錆が気になって、僕はジンジンとする右手をズボンに擦りつけていた。そんな姿が、彼の目にはポケットのタバコを探しているように映ったようだ。

「メンソールだけどいる?」

おもむろにショルダーバッグから、インディアンが描かれた緑色の小さな箱を差し出して、彼は尋ねてきた。

「あ、ありがとう。」

と僕は答えてしまい、しょうがないから一本抜き取って口にくわえることにした。メンソールは正直、苦手だった。

「チャプン」

と音を立てながら、東京湾で遠慮がちにただ揺れているだけの汚い波たちに向かって、僕らは腰をかけ、煙をまくし立てながら何となく黙っていた。投げ出した足先の数センチ下では、無惨に捨てられた空き缶が幾つかと、コンクリートの壁にへばりつくのがやっとのグロテスクな貝達が、僕らの真似をするかのように無言を貫いていた。

 

 

彼は割と嘘をつく人間だから、

「誰にも教えたことがない、美しい場所へ連れてってあげる。」

と電話が掛かってきた時、僕は全然信用していなかった。むしろ、

「どこ行くか、今考えてるんじゃないの?」

と文句を言って断っても良かった。

けれども僕は、彼の虚言的な性格や、それに伴う発言を本人に指摘したことは一度も無かったし、そのせいで特別嫌な思いをしたこともなかった。何より誘いを断らない最大の理由として、僕には潰しても潰しきれないほど時間が余っていた。ダメな自分自身を呪いながらも、結局は普段そうしてきたように、

「いいよ。」

とだけ答えて、僕は電話を切った。軽自動車の助手席で、都会の街並をぼんやり眺めながら、30分ほど揺られた頃だろうか。辺りは、波止場の工場地帯へと様変わりをしていた。子供の玩具みたいな色をしたコンビナート、明かりを灯したまま停泊している船、何より大きな倉庫が犇めき合って並んでいた。深夜にも関わらず、至るところで業務ライトがピカピカと輝き、街灯も連なって道を照らしていた。彼はスイスイと車を走らせて行き、『立ち入り禁止』と書かれたフェンスに突き当たって、ようやくエンジンを切り、サイドブレーキをギィイと引きあげた。

どう考えても、ここから先は工場のエリア内であることは間違いなかったし、作業員にでも見つかったら面倒なことになる。そんな不安を駆け巡らせている僕をよそに、彼はフェンスをよじ登りながら、

「ここから先は、足場が不安定だ。おまけにすぐ目の前は海だから、落ちないように気をつけろよ。」

とアドバイスをしてきた。様々な疑問が心に湧いたが、

「わかった。」

とだけ答えて、僕は車を降りたのだった。

 

 

貰ったメンソールライトの先端だけが、ジリジリと音を立てて燃えている。彼は、おもむろに喋り出した。

「ほら。屋上をああやって赤く点滅させてる高層ビルって、遠くから見るとタバコを空に向けて突っ立ててるように見えないか?そのせいで、俺は禁煙に何回も失敗したんだ。」

僕は、

「ふーん、そうなんだ。」

と全く信じていない口調で答えた。

「秋頃にここで釣りをすると楽しいんだよ。全く釣れないけどね。」

「いいね。」

と一言だけ褒めた。本当はちっとも「いいね。」なんて思ってなかった。

「お前いつもより冷たいな。」

と彼が寂しそうに言った。

「別にそんなことないけど。」

別にそんなことないはずなのに、はっきりと苛立っている自分がいた。出会ってから初めてのことだった。思わず口から感情が飛び出してしまった。

「ここのどこが素晴らしいんだよ。ただの汚らしい埠頭じゃないか。」

彼は一瞬驚いた様子だったが、すぐに諭すような口調で続けた。

「ここは、俺にとって最も大切な場所で、何よりも美しい場所だ。誰かを連れて来るのは、お前が最初で最後だよ。約束する。」

「嬉しいけど、なんでここなんだよ。」

「向こう岸に見えてるあの辺りは、街で云うとお台場なんだ。」

言われるがままに目をやった。

「ふーん。お台場って、反対側から見るとなんかイメージと違う。」

「そうなんだよ。あの街は、所詮浮かれているだけのくだらない埋立て地さ。」

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