体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

第4回:復刊ドットコム 左田野渉氏(前編)

第4回:復刊ドットコム 左田野渉氏(前編)

読者から復刊希望のリクエスト投票を受付け、著者や出版社に交渉する「復刊ドットコム」。他にはないユニークなビジネスモデルを創業から16年間代表として続けている左田野社長に話を伺いに、大門の本社にお邪魔してきました。

fukkanlogo.jpg

「復刊」への挑戦

―そもそも復刊ドットコムを始めたきっかけはなんだったのですか。

会社ができたのは1999年の年末です。当時自分は日販に勤務していて、読者からの注文の品が届くのが遅いということが、当時も課題になっていました。私も流通改革や雑誌のセンターの立ち上げ、書籍のシステム開発に携わったりしていましたが、その中の一環として、世の中でもう販売されていない本を1冊1冊オーダーメイドで作成し、出荷する「オンデマンド出版」を会社として始めることになり、私が責任者になったのです。

―どんな会社だったのですか。

「ブッキング」という名前の会社です。アメリカのイングラム社のオンデマンド印刷をビジネスモデルとしました。出資は日販が51%、残りを出版社23社が引き受けてくれました。立ち上げたまでは良かったのですが、その後トーハンさんと凸版印刷さんがDPSという会社を合弁で作られ、また紀伊國屋オンデマンドやゼロックスさんがコンテンツワークスという会社を作られたりと、次から次へと競合が増えてしまい、結果価格競争になりビジネスモデルとしてはうまくいかなくなってしましまったのです。

―立ち上げ早々大変でしたね。

そこでどうにかしなければいけないな、ということになり、三つの新しい事業を考えたのです。一つ目が復刊ドットコムという投票制度。二つ目がユニバーサルブックという視覚障害者のための大きな文字の本の制作販売、もうひとつがカスタマイズブックといって個人のデータによって本の内容が違うというもの、これは占い本など出してみました。結果、復刊ドットコムだけがうまくいき、後の二つはあまりビジネスにならなかったので、復刊ドットコムをオンデマンド印刷に続く2番目の事業として取り組むことにしました。

書店から出版への第一歩

―スタート当初から反響は上々だったのですね。

思わぬ誤算もありました。復刊ドットコムは、元々人文・専門書出版社さんの「書物復権」をベースに立ち上げし、ブッキング自身も専門書出版社さんから出資を受けて始めた事業なので、当然専門書の復刊をメインで行う予定で始めたのですが、いざ投票が始まってみると、上位は漫画がほとんどでした。
投票の上位から順番に復刊交渉を出版社にしていくというルールですので、当然漫画ばかり復刊することになり、株主さんからは多少皮肉めいたことも言われちゃいましたが(笑)。

tohyo.jpg

―復刊は順調だったのですか。

大手出版社さんのコミック単行本は400円前後ととても安いですよね。それは膨大な部数を刷っているからです。復刊にあたって500部だと、とてもその値段で刷ることはできないわけです。それでなかなか復刊できないケースも多く、それなら自分たちで出版してしまえ、ということで自前で編集部を作りました。

―書店から出版に乗り出すことになったわけですね。

編集部を作って『ダルタニャン物語』や『藤子不二雄Ⓐランド』など、全集モノを多く手がけました。経営的には厳しかったです。

daru.jpg
1 2次のページ
BOOKSTANDの記事一覧をみる
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。