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心が奪われる瞬間は?誰も行かないサワンナケートに広がる静かな魅力

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Photo credit: The Funnelogy Channel

あなたはどんな場所に、心と記憶が奪われるのでしょう。そして、それはどのようにだと思いますか? 何か素晴らしいシナリオがあるから? それとも、美しい景色があるからなのでしょうか? もしくは豪勢な建策物、人々の笑顔、あのすごくおいしい食べ物のせい? それとも、歩きながら素晴らしい夕暮れに出会ったからなのでしょうか? ラオスのサワンナケートにはこんな良さがあります。しかし、それだけではありません。ラオスの他の観光地にはない特徴があります。なんと驚くことに、誰もサワンナケートには行こうとしないのです。 私は、誰かが「そんな面白くない」「観光として行く価値はない」と言うような場所が好きです。そのことは自分でよく理解しています。その場所は、たくさん入場券が買われるような人気の神殿がなく、500人以上の観光客が訪れるような有名な夕日暮れを見ることができるわけではありません。 大きな村と小さな市街の真ん中のような、自然体で暮らせる場所。そこにいけば確実に満足できるとは限りませんが、行って後悔することはないでしょう。そこで今回は、観光リストには載っていない、多くの人に忘れられているような場所、ラオスのサワンナケートを紹介します。この場所は私達の心を掴んで、私達を満足させてくれたので、ぜひ紹介したいと思います。

ラオスのサワンナケートは、落ち着いた足どりで、ゆっくりと歩きたくなるようなリズムが流れています。サワン・ナコーネから称され、「楽園の町」という意味を持っています。サワンナケートに行ってみれば、名称の理由がすぐにわかるでしょう。ヤシの木が穏やかな風で少し揺れ動き、その視線をヤシの木からさらに上に動かすと、クリーム色の聖テレサ教会が見えます。この風景を見ていると、自分が想像の中でカリブ海の匂いを感じていることも許される気がします。しかし、この場所の端にゆっくり流れているのはメコン川の4350キロの水脈です。つまり、私達は妄想の中に入り込んでしまっているのです。メコン川はラオスやその隣国の内陸国にとって、命の川だといえます。「水の母」としても知られているメコン川は、自然な国境線で、川の紫色の水はサワンナケートとタイのムックダーハーン県をわけています。 教会の広場から繊細なクモの巣のように老朽化した建物が、時が止まったように、永遠に広がっています。衰えかけたフランス植民地時代の円柱が古びたテラスを支えています。強い日差しでペンキが剥げてしまい、古い石の基盤が見え、中国商人の家も老朽化。ブラインドはトルコ石の色から木材の茶色に変化していて、古い店の看板は漢字が剥げてしまっています。化粧漆喰の中二階はミツバチの巣のように穴が開き、よろい戸の格子には錆が出ています。そこではあるバールのオーナーが木材のテーブルを置き、フランスの旗のような色合いの赤・白・青色の折りたたみ椅子を整理していました。

Photo credit: The Funnelogy Channel

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低いケーブル線の先に見える、横道にある鴨の羽色の家を眺めました。そこには金属プレートがかけてあり、1924年と、その家の建築年が刻んでありました。公園では揺れ動いているブランコに座って、お婆さんが孫にワケギと豚肉のおかゆを食べさせています。私達の声を聞いて、「Bonjour」(フランス語で「こんにちは」)と声をかけてくれたので、近づいていってみました。そのお婆さんは「元家庭教師はフランス語、ベトナム語、ラオ語を教えてくれましたが、もう誰もフランス語は話せません」と語っていました。「この家に生まれ、たくさんの子供を生みました」と語ってから、ベトナム人と中国人が住み着き始めた1920〜30年代の話をしてくれました。

Photo credit: The Funnelogy Channel

ラオスでは2番目に大きな町と言うものの、サワンナケートは小さい町なので、他国の影響が小道に密集しています。派手なカトリック教会、地味な福音主義教会、美しく彩色された寺とベトナム学校は全部200メートル以内にあります。 「最近は、ほとんどみんなベトナム語とラオ語を習っています」とお婆さんが言いましたが、タイとの交易が段々盛んになっているので、いつかはインドシナのようになるだろうと思いました。サワンナケートは昔からこのように平和な貿易中心地だったわけではありません。前は独立戦争の中心地の一つであって、ベトナム戦争時代では米軍隊から、インドシナ紛争時代ではタイ軍隊から激しく空襲されました。 この切ない過去の傷跡は、時間と共になくなったようです。しかし、もっとも盛んだった時代のアール・デコ建築や、人気のなくなった映画館は、まだ広場の隅に残っています。

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お婆さんと子供に「さようなら」と手を振ってから、木炭で焼かれているような豚肉の匂いにつられて歩くと、焼き串を回しながらハエをぴしゃりと打っている2人の女の人のところに着きました。私達がキャラメルソースとライム汁をかけた豚肉、カオ・ニャオ(タイの餅米)を食べているとき、レモングラス、ニンニクと生姜のいい匂いが漂っていました。その間にも、1人、2人とバイクを停めて、焼き串を購入。サッとランチを済ませ、お腹もいっぱいになって満足です。

Photo credit: The Funnelogy Channel

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夕暮れになると、家の色が白からオークルに、トルコ石の色からオリーブ色になって、景色にもオレンジ色がかかるようになります。よろい戸を開いて、涼しい空気を家に入れている間、あるおじさんが戸口で新聞を燃やしていたので、その白い煙が空に上がる様子が見えました。

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子供達は学校を出て、道で遊んでいるところでした。広い場所でサッカー、家の庭で縄跳びをしていました。みんなは写真ポーズをもうマスターしているようです。私の子供時代に人気だった手のVサインの代わりに、最近の流行りは、まるで目を強調するように目のそばで裏側Vサインをするポーズです。

Photo credit: The Funnelogy Channel

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サワンナケートの日々は単純です。長い旅をしているうちに、私達は世界観が変わりました。最近、日常生活の細かいところを面白いと思うようになったのです。退屈は知りません。生活とその過ごし方、つらい過去と宗教の跡が今に影響を与えているのです。サワンナケートの旧市街にはワクワクさせるようなアトラクションはありません。急流下り・カヤックができる川もありません。マッドトラック・バイクレーシングもできません。でも、メイン広場で冷たいスペイン甘草味のパスティス(そう、パスティス! ラオスに南フランスの有名なお酒があります!)を飲みながら夕暮れを眺めて落ち着いてみると、サワンナケートの魅力を感じられます。そうすると、気気付かないうちに興奮しているのです。太陽がメコン川の地平線に沈んでも、カシャっとカメラのシャッター音は聞こえず、パスティスの氷が溶ける音だけが聞こえてきます。フランス植民地時代の最後の跡、パスティスの音が…。

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Licensed material used with permission by The Funnelogy ChannelInstagram, Twitter, Facebook) 訳:Barbara Casu

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