五輪迷走 自治体に2つの教訓(地方議会ニュース解説委員 山本洋一)

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東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会が公式エンブレムの使用を停止し、新デザインを再公募すると発表した。東京五輪を巡っては新国立競技場の整備計画が撤回に追い込まれたばかり。2つの「撤回騒動」は、政府や地方自治体に2つの教訓を与えた。

公式エンブレムはアートディレクターの佐野研二郎氏がデザインし、7月24日に組織委が発表。しかし、ベルギーの劇場のロゴに似ていると指摘され、ロゴのデザイナーが「盗用された」として使用差し止めを求めて提訴する事態となった。

新国立競技場整備計画が撤回された直後だけに、当初はマスコミの「悪ノリ」もあった。だが、ネット上でサントリービールのキャンペーン賞品の一部が別の作品や写真を盗用しているのではないか、東山動物園(名古屋市)のシンボルマークがコスタリカの動物園のロゴマークと酷似しているのではないかといった疑惑が拡散。佐野氏は五輪エンブレムの盗用は否定したものの、事務所がサントリーの疑惑は認め、一部商品を取り下げた。

エンブレム撤回の決め手となったのは「原案」である。佐野氏への疑惑が広がる中、組織委は助け舟を出そうと8月28日にデザインの原案を公表。「当初案はベルギーの劇場ロゴに似ていなかったが、国際商標を確認したところ、類似点のあるデザインがあったため、佐野氏に修正を依頼した」と釈明した。

ところがこの原案が有名デザイナーの展覧会のポスターに似ているとの指摘が浮上。さらに佐野氏の説明資料に使われた写真がインターネットから無断で借用していた疑惑まで指摘された。この原案と展覧会のポスターは素人目に見ても確かに似ており、この2つの疑惑が撤回の決定打になったとみられる。

個人的にはなぜ原案の段階で類似点デザインが見つかったにもかかわらず、修正させてまで佐野氏のデザインにこだわったのかが最大の疑問。ほかにも秀逸な作品があったはずだが、これでは「出来レース」と言われても仕方がない。仮に決定の後で類似作品が見つかったのであれば、再選考する手もあったはずだ。

ただ、これは「地方議会ニュース」。選考のあり方等をただ批判するだけでなく、この問題を通して地方自治体が何を学ぶべきか考えたい。

■ 集合知を軽視せず、活用を

一つ目はネットの「集合知」を軽視してはならないということだ。最初のベルギー劇場のロゴこそデザイン会社の指摘がきっかけとなったが、その後の騒動はいずれも一般市民による「捜査」と「指摘」が疑惑発覚につながった。

ネット社会ではいつでも、誰でも、手軽に「捜査」に参加することが可能。一人一人の力は小さくても、多くの人が一斉に参加すれば迅速に、大きな成果を出すことができる。その代表例が集合知を活用したネット版百科事典「ウィキペディア」だろう。

しかも、画像検索といった最新技術の登場で、デザインに関する知識が豊富なプロでなくても類似作品を探すことが可能となった。指摘がまっとうであれば、その情報はただちに拡散され、多くの人の目に触れる。そうなれば当事者も無視できなくなる。

注目を集めれば集めるほど「盗作はいけない」といった正義感や自己顕示欲、自分のサイトへのアクセス集めなど様々な理由で捜査に参加する人が増える。参加者が増えれば増えるほど、大きな成果が得られる可能性が高まる。今回はその典型例だ。

安倍晋三首相はエンブレムの撤回を受けて「国民から祝福されるオリンピックでなければならない」と語ったが、ならばこそ組織委の「仮決定」後にでも国民の判断を仰ぐべきだった。行政では「パブリックコメント」(パブコメ)募集という手法がよく用いられるが、今回のような案件こそパブコメを利用し、集合知を活用すべきだったのではないか。

 

■ サンクコストは考慮せず

二つ目の教訓は「サンクコスト」(埋没費用)の問題だ。エンブレムの撤回は発表から約1か月という短期間で決まったが、新国立の整備計画は費用の膨張がわかった後も事務方が計画の継続を主張し続けた。新国立の場合は「すでに支払ってしまった費用がもったいない」という意識のせいで、撤回の判断がズルズルとずれこんでいったのである。

実際に整備計画の事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)はすでに設計事務所などと約59億円分の契約を結んでおり、大部分が戻らないという。それだけ多額の税金を無駄にするわけにいかない、そんな考えが役人の脳裏に浮かんだことだろう。

だが、経済学ではサンクコストは考慮すべきでないというのが定説。これらの費用は整備計画を続けようが中断しようが戻ってこないのだから、継続か撤回かの判断材料に加えてはいけないというのが経済学の考え方だ。

よく持ち出される例えが映画鑑賞。1800円のチケットを購入して一人で劇場に入ったものの、30分も見終わらないうちに「つまらない」ことが分かった。ここで1800円がもったいないから映画を見続けるか、すぐに映画館を出て残りの時間を有効活用するか。多くの人は前者の行動をとりがちだが、経済学的には「どうせ1800円は戻ってこないのだから、せめて残りの時間を有効活用すべき」というのが合理的な選択である。

 

規模は小さいかもしれないが、地方自治体でも各種イベントのデザインや公共施設の整備計画といった様々な課題を抱えている。東京五輪を巡る撤回騒動を受け止め、選考過程の透明化や集合知の活用、サンクコスト問題を教訓として受け止めなければならない。

 

(地方議会ニュース解説委員 山本洋一)

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