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廃部危機のPL野球部 大人に頼らず部員の間だけに芽生えた絆

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 甲子園春夏7度制覇、通算96勝を誇るPL学園野球部が廃部の危機に瀕している。新チームとしてスタートを切った2年生は高校野球史に燦然と輝く実績校らしからぬ「普通の高校生たち」で、秋季近畿地区大会大阪府予選は1回戦で敗れ、来春のセンバツ出場も絶望的となった。名門野球部「最後の部員」となるとされる新チームの船出を、ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。

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 もし、練習試合を戦っている彼らが無地の練習用ユニフォームを着ていたら、全国制覇7度を誇る名門校の野球部員には到底見えないだろう。
 
 背は低く、体の線も細い。誤解を恐れずにいえば、どこにでもいる普通の高校球児である。しかし彼らの胸には高校野球ファンにはお馴染みの「PL GAKUEN」のロゴが二列で並ぶ。
 
「僕ら61期生と比べれば、体が小さい選手が多いですし、中学時代の実績もない。この夏にベンチ入りした選手は1 人しかいません。実力は……PLの歴史でも、大きく劣ると思います。ただ、高校野球は戦ってみないとわかりませんから」
 
 証言するのは、この夏に引退するまで主力だった3年生のA君である。夏の大阪大会準々決勝で敗れたPL学園野球部は8月2日に3年生が引退し、その後、わずか12人の2年生部員だけで新チームをスタートさせた。A君が続ける。
 
「来年も新入部員を募集しないと発表されていますから、このままだと今の2年生(62期生)が最後の野球部員となります。その中には、急性リンパ性白血病で長い入院生活を送ったために留年した同い年の土井塁人もいます。あいつはこの夏ベンチ入りしましたが、これからは高野連の規定で試合には出場できません。なので、たった11人で試合を戦うことになります」
 
 A君が入学する直前の2013年2月に、野球部内での暴力事件が発覚し、当時の河野有道監督が辞任。臨時措置として野球経験のない正井一真校長(当時)が監督に就任した(今年の春から草野裕樹校長に交代)。

 昨年10月には新入部員の募集停止を発表し、保護者やOBらがいくら募集再開や野球経験者の監督就任を嘆願しても、学園の母体であるパーフェクトリバティー(PL)教団は「信仰心の乏しさ」などを理由に問題をそのままにしてきた。
 
「僕ら3年生は入学から引退まで、実質、監督不在の中で野球を続けてきました。部員の総意として野球経験のある監督に就任してほしいと、ずっと願っていました。しかし、昨年の秋頃にはもう諦めていましたね。いろんな噂が飛び交う中で、いつまでも決まらない。そのうち“もうええわ”となって、大人の力には頼らず僕らの力だけで野球を頑張ろうと開き直りました」
 
 そうは言うものの、監督さえいてくれたら──と思わなかったわけではない。たとえば、春の選抜出場が懸かった昨年秋の近畿大会でのこと。近江高校と対戦したPL学園は2対2で迎えた8回表、1死三塁のピンチにスクイズを決められ、敗北した。2009年夏以来の甲子園切符は手にできなかった。

「あの時、ベンチの監督がタイムをかけて一言、『スクイズもあるぞ』と声をかけてくれていたら、失点を防げたかもしれません。でも後悔しているわけではないんです。こんな状況だからこそ僕らは結束できた。甲子園には行けなかったけど、伝統校で野球ができた。幸せな時間でした」
 
 廃部問題に揺れる中で、その渦中にある部員にだけ芽生えた絆があった。

※週刊ポスト2015年9月11日号


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