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太平洋戦争終結をめぐる「最後の24時間」を描いた名作

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 8月8日より公開となった映画『日本のいちばん長い日』。興行収入20億円突破を見込む順調なスタートを切り、8月15日からは50館増の拡大公開となっている。
 原作は半藤一利氏による『決定版 日本のいちばん長い日』(文藝春秋/刊)。本作は、刊行された1965年当時、文藝春秋社の編集者であった半藤氏がおこなった戦争体験者への取材をもとに書かれたノンフィクションだ。

 舞台は太平洋戦争末期の日本。1945年の8月14日の正午から8月15日正午までの24時間、つまりは日本の降伏決定から玉音放送までにかけて、国家の中枢で何が起きたのかを明らかにした一作である。

 半藤氏は膨大な取材によって集めた証言をもとに、上記の24時間を1時間刻みで描いていく。さらには章ごとに一人、主要人物を据え、彼あるいは彼周辺の人物がどのような言動をとったのかを克明に記録している。

 1945年7月27日、アメリカやイギリスをはじめとする連合国軍から日本にたいしてポツダム宣言が通告される。しかし政府のなかでは意見がわかれ、なかなか結論を出せずにいるなか、8月6日広島に原子爆弾が投下されてしまう。
 事態の打開をはかった当時の首相、鈴木貫太郎は8月9日に御前会議を急きょ開催。天皇による「ご聖断」を仰ぎ、10日に降伏の決定をする。そして日本政府は14日にポツダム宣言受諾を決定、15日正午、玉音放送が流れ、戦争は終結した。

 このように書くと、原子爆弾の投下後、日本の中枢部は急速にまとまりを見せ、スムーズに終戦へ向けての意思決定をしていった…かのようにも見える。だが本書を読めば、終戦への道のりにはいくつもの障害物があったことがわかる。

 ご聖断による降伏の決定直後、ひとつめの障害物があらわれる。受諾に際して日本が連合国側へ出した「天皇の大権に変更を加うるがごとき要求は、これを包含しおらざる了解のもとに」(「国体護持」を条件に降伏する意)という条件にたいする連合国側からの回答文に「subject to」という文言が入っていたためである。

 この文言をどう翻訳するのかをめぐり、中枢部はポツダム宣言即時受諾派と全面反対派のふたつにわかれた。大本営は「隷属する」と訳し、外務省は「制限の下におかる」と訳したのだ。
 連合国からの回答が届いたのは8月12日。事態を収拾したのは、またしても鈴木貫太郎と昭和天皇だった。翌13日にひらかれた閣議は明確な結論を出せないまま3時間におよび、業を煮やした鈴木が「本日の閣議のありのままを申し上げ、明日午後に重ねて聖断を仰ぎ奉る所存であります」と発言。これを閣議の結論としたのだ。そして8月14日、8月9日に続いて御前会議がひらかれ、ふたたび天皇のご聖断が下る。こうしてポツダム宣言受諾の最終決定がなされた。

 だが、この最終決定と相前後する形で、8月13日もうひとつの障害物が姿をあらわしつつあった。降伏をよしとせず本土決戦を望む陸軍の将校たちがクーデター・宮城事件を企てたのだ。これは、畑中少佐を中心とした数名が一時、宮内省を占拠、省内に保管されていた玉音放送の原盤を奪取し、放送を阻止しようとした事件である。
 このクーデターが失敗に終わったからこそ、日本は15日に終戦を迎えることができたわけだが、事件をめぐって繰り広げられる収拾劇には「戦争を終わらせることの難しさ」が嫌というほど映し出されている。

 宮城事件はいかにして失敗に終わったのか。これが本作の最大の読みどころであり、事件の詳細は本を手に取って確かめてほしい。

 本作には「このとき、この人が違う発言・行動を選択していたら…」と息をのむシーンが幾度となく登場する。そして、一つひとつのシーンをとおして、各登場人物が「歴史の流れ」に呑み込まれていく様がありありと伝わってくる。
 本作は、戦争の終結に命を賭けた人々がいたことを知ることができる、貴重な一冊だ。
(新刊JP編集部)


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