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古葉竹識氏「カープの不調は伝統の機動力を忘れているから」

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 黒田博樹、新井貴浩らの復帰で開幕前の下馬評が高かった広島カープ。シーズンも後半戦に突入したが、なかなか波に乗り切れない展開が続いている。かつてカープを率いた指揮官・古葉竹識氏(79)が、今のカープ野球にもの申す。

 * * *
 今年のセ・リーグは今までないほどの混戦模様ですね。カープにも優勝のチャンスは残されていますが、後半戦はピッチャーを楽にしてあげるためにも野手がしっかりと打ってやることがポイントだと思います。

 しかし、カープは開幕前、あれだけ期待されていながら波に乗れない。私はこの理由は、今のカープが伝統を忘れてしまっているからではないかと思います。

 カープの伝統は機動力。ランナーが出れば走ってくるぞ、と相手に思わせるところが強みでした。ただ今年はランナーが出ないため、それを武器にできていないのではないか。しかも今のカープには機動力でかき回せる選手が少ない。それも、混戦からなかなか抜け出せないでいる理由の一つかもしれません。

 私は広島を預かって1年目(1975年)に、たまたまリーグ優勝させてもらいましたが、この時も機動力野球がセールスポイントでした。山本浩二と衣笠祥雄の中軸がよく打ってくれましたが、2人は足も速かった。その年の山本は首位打者になりながら24盗塁。衣笠も21本塁打を打ちながら18盗塁している。あと日本ハムから移籍した盗塁王の大下剛史が44盗塁と、主力がグラウンドを走りまくってくれたのが大きかったですね。

 ただ、ベンチからはほとんど盗塁のサインは出してないんです。自分のタイミングでいつでも走っていいということにしていましたし、ランナーセカンドの時もピッチャーが警戒していないと判断すれば、いつでもGOでした。自分たちの売りは機動力だということを、選手たちもわかっていてくれたのでしょう。

 そして、その1975年に入団してきた高橋慶彦が、その後も広島野球を継承してくれた。慶彦はピッチャーで入団したのですが、僕が野手に転向させ、同時にスイッチヒッターにも挑戦させた。当時の猛特訓は語り草ですが、まだ器具を使った筋力トレーニングが導入されてなかった時代に、朝から晩までバットを振り続ける練習だけで、ボディビルダーさながらの肉体を作り上げました。長いプロ野球の歴史でも、慶彦ほどの努力家は少ないと思います。

 この慶彦の成功で、続く正田耕三、山崎隆造もスイッチヒッターにして、慶彦と上位打線を形成。こうなると、相手ピッチャーが右でも左でも対応できるので、監督としては楽でした。それに4番山本、5番衣笠まで打って走れる。すべてがプラスに働いたわけです。

 しかしいくら選手が良くても、監督の仕事はしっかりしなければ勝てません。今は緒方孝市監督が、試合中上を見たり横を向いたり、ちゃんと選手の動きを見ているのかなと、疑問を感じることがある。僕は試合中ベンチの隅で立って見ていたが、相手投手が投げてくるのがどんな球種だったかすら見逃したことはなかった。また、ヒットを打たれた時に、野手のスタートが遅れたかどうかも、きちんと見届けていました。

 試合後、監督から「スタートが遅かったな。しっかりしてくれよ。次に遅れたら、もうお前を使えなくなるぞ」と伝えれば、選手は危機感を感じて同じ失敗はしないものです。だからこそ、グラウンドから目は離してはいけない。選手は信頼しないといけないが、監督がしっかり締めるところは締めないとね。

●こば・たけし/1936年、熊本県生まれ。現役時代は広島、南海で活躍。引退後は南海、広島のコーチを経て、75年に広島監督に就任。球団創設初の優勝を果たし、「赤ヘル旋風」を巻き起こす。その後も3回の優勝・日本一に導いた。

※週刊ポスト2015年8月21・28日号


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