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ポツダム宣言 関与は米だけで日本は「無条件降伏」ではない

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 ロシアとの北方領土返還交渉は暗礁に乗り上げたままだ。そこには70年間影を落とし続ける「ヤルタ極東密約」の存在がある。米ソの思惑によって結ばれた密約を、社会学者の有馬哲夫氏が解き明かす。

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 今年5月19日にロシアのラブロフ外相は政府系メディアで、北方領土(択捉、国後、歯舞、色丹などの南千島)の返還を求める日本を次のように批判した。

「日本は第二次世界大戦の結果に疑いを差し挟む唯一の国である。北方領土は第二次世界大戦の結果、戦勝国ソ連の領土となった。敗戦国の日本には返還を求める権利はない」

 ラブロフの世迷いごとは、これまでソ連・ロシア政府が繰り返してきたものと変わりない。その根拠としているのは、(1)ポツダム宣言を受諾し降伏したこと、(2)サンフランシスコ平和条約を結んだこと、(3)日本が国連憲章第107条の敵国条項に当てはまる国であることだが、これらは全くでたらめだ。

 まず(1)だが、米国に拒否されてソ連はこの宣言に署名できていない。この宣言では日本の領土を「本州、九州、四国、北海道および『われわれ』が決めた島々」としているが、宣言に署名していないのでソ連は「われわれ」に含まれていない。

 英国のウィンストン・チャーチルは選挙に負けて首相の座を降りることが決まっており、蒋介石もポツダム会議に参加できなかったのでハリー・S・トルーマン米大統領が宣言書に一人で署名している。したがって「われわれ」とは米国のことだ。

 とくに断っておきたいが、ポツダム宣言の正式名称を訳すと「日本の降伏条件を定めた公告」で、日本はこの条件を呑んで降伏したのであって、“無条件降伏”したのではない。いまだに「無条件降伏したので旧敵国に対し何も言えない」と勘違いしている日本人がいて、これが「旧敵国」に利用されている。日本は終戦のぎりぎりの交渉のなかでも「国体護持」にこだわり、国家としての基本的権利を放棄しなかった。

(2)のサンフランシスコ平和条約の場合も、ソ連は中国(共産党中国)、韓国と共にこの条約の締結国になっていない。ロシアが結んでもいないこの条約を根拠にあげることは論理が破綻している。

 日本人が覚えておかなければならないのは、1951年の条約締結のとき、米国議会は付帯決議として「ヤルタ極東密約」の批准を否決していることだ。ヤルタ極東密約とは1945年2月の米・英・ソ首脳会議で、対日参戦と引き換えにソ連に「千島列島を引き渡す」ことなどを定めたものだ。

 米国では大統領が協定や条約を結んでも、議会が批准しなければ効力を発揮しないので、極東密約はフランクリン・ルーズヴェルト大統領の個人的約束のまま無効となった。

 ソ連はサンフランシスコ会議で極東密約が明確に否定されることを恐れてこの会議に加わらず、条約も結ばなかった。それはソ連の勝手なのだが、そうすることで、日本に対する権利を失ったのである。

 ソ連・ロシアにとって最後の砦となるのが(3)の国連憲章第107条だが、そもそもサンフランシスコ会議に加わって権利をはっきりさせていれば、こんなものを持ちだす必要はなかった。もともとこの敵国条項と呼ばれるものはきわめて曖昧なもので、戦後70年も経つのにこれを持ちだしてくるのはアナクロニズムといわれても仕方がない。

 この条項の内容は「旧敵国の行動に対して責任を負う政府が戦争後の過渡的期間の間に行った各措置(休戦・降伏・占領などの戦後措置)は、憲章によって無効化されない」というものである。

 北方領土で該当するのは「占領」だが、ソ連は前に述べた経緯から「旧敵国の行動に対して責任を負う政府」とはいえない。終戦直前に火事場泥棒的に、しかも日ソ中立条約に違反して、不法に対日参戦したソ連がどうしてそう呼べるだろうか。事実、ソ連は日本の占領に加わることを要求したが、トルーマン大統領に拒否されている。

 また、米国による日本の占領も、ポツダム宣言に明記された占領目的が果たされるまでという条件付きの占領(保障占領という)であって、無期限に占領を続けられるわけではない。事実、米国は占領目的である「軍国主義の排除と民主化」が実現できたとして52年をもって占領を終結させている。

 したがって、ポツダム宣言のことをいうなら、ソ連・ロシアも保障占領の時期が終わった時点で北方領土から撤退していなければならない。

 ラブロフのいうことがきわめて抽象的だということに注目する必要がある。ラブロフ自身、具体的なことをいうと却って根拠のなさが露呈してしまうことを恐れているのだ。

※SAPIO2015年9月号


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