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藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#20 断捨離

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すでに定着した感のある「断捨離」。
知的で、お洒落な感じさえする暮らしの整理整頓メソッドだが、その一般的な意味は、不要な物事を捨てたり省いたりすることで生まれる住空間・精神空間のフリースペースにより、本来の自分を見つめたり、回帰できるという恩恵を受けられる、といったところだろうか。
自分もこの断捨離を生活に取り入れていて、定期的に、本、服などを中心に整理し、捨てている。
実際経験済みの人ならよく分かると思うのだが、机上や引き出し、物入れ、ワードロープ、倉庫などの混沌が解消されるに従って、心が落ち着き、晴れやかになり、高揚感すら覚える時には、断捨離が生活の洗濯なのだと思えてくる。
捨てる作業は、火がつけば快楽に近く、とても大切だと思って残しておいた物が手元から離れていくのは、過去と決別し、新しい自分を迎えるようで、瑞々しい気持ちにさせてくれる。それはリセットというボタン操作の響き以上の何かがあると思う。
捨てることで、生まれ変われるようだ。
だが、捨てる基準を定めるのは、言うほどに簡単ではないのも事実だろう。さあ、断捨離だと張り切ってみたものの、ゴミ袋がいっこうに膨らまないまま、がっかりした経験を持つ人も多い。
いったいどこまで捨てればいいのだろう?
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その答えに近づく一つのヒントとして、ほとんど何も持たない生活を一度経験してみるのはどうだろうか?
夏は、キャンプの季節でもある。キャンプというのは必要最小限な生活道具を持参して、野で暮らすことだ。たとえ一夜でもいい。その経験を得れば、未来から現在を振り返るような感覚で、不要な物の輪郭が結構しっかりと描かれると思う。
今までアウトドアに親しんだことのない人には、ちょっと壁のある提案かもしれないが、もし実現できたら、断捨離ライフにとって大きなきっかけとなるだろう。
テント自体を新たに買うのは断捨離的な発想から離れるので、友人の誰かに借りればいい。ついでに使い方なども教えてもらえるはずだ。
テントは、風雨から身を守ってくれる家に相当するだろう。寝袋は丸めれば片手に乗る寝具であり、ガスバーナーはキッチンである。天候に合わせた数枚の衣服がワードローブの全てであり、食材といえば、冷蔵庫にストックされる必要もない数日分のドライフードがあるだけだ。さらにそれら全てを持ち運ぶためのバックパックは、車のようだ。
背負った物だけで生活できるというのを体感すること。それがキャンプの素晴らしさだと思う。
とはいえ、最初は不便さばかりが目につき、いつもの日常との距離に戸惑い、後悔するかもしれない。そこをなんとか凌いで、慣れるまでテント泊を重ねるか、何度かに分けて経験することで、テント生活の清々しさが分かると思う。必要最小限の物だけで暮らせる経験によって、自分自身の中の、人間としての強さを確認できるし、そのシンプルな生活の美しさも分かる。
テントを畳み、バックパックを背負って帰った自分の部屋に、ちょっと驚くかもしれない。その物の多さに。
翌日から、きっとゴミ袋はスムーズに膨らんでいくことだろう。もちろんテント生活を基準とした極端な捨て方は誰もしない。それでも用途が重なる物、もしもの時に使おうと5年間も触れられたことすらない物、依存すれすれの思い出の品、などが不思議なほどに自分以外の誰かの物のように見えてくる。
是非、夏の間に一度テント生活をしてみてはどうだろう?
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捨てるということは、生活の洗濯である。
だが、断捨離は単なる捨て術ではないと思う。捨て切ったあとに、新たに物を増やさないことまで出来て断捨離だと自分は考えている。
消費の快楽をすでに快楽とすら感じないほどに、空いたスペースを物で満たしていくことに慣れてしまった現代の人々は、断捨離後もこのサイクルから離れられず、また同じことを繰り返しがちだ。シャツを捨てたら、新しいシャツをまた買うといったように、一見些細なことから、消費のサイクルに再び飲み込まれてしまう。生きるということは、買うことの連続ではない。このことを忘れがちだ。
自分は一年間服を買わないでみようと試したことがある。下着や靴下などの消耗品も含めてである。もちろんそれらが十分に手元にあることを確認してからだ。
結果は失敗に終わり、夏頃にTシャツを買ってしまったのだが、服が好きな自分が半年以上もそれから離れていられたことは、十分に断捨離的な成功だったと思う。音楽が好きな人なら、ダウンロードを控えるということになるだろうし、本が好きな人なら、図書館にリクエストを出すことになるだろう。とにかく自分が最も好きでお金を使っている分野を重点的にチェックするのが手っ取り早い。要は厳選癖を作るのだ。
一旦厳選癖が出来たら、次のステップでは選択に時間がかからなくなる。要不要の判断が瞬時にできる。さらに迷うこともなくなる。これはおそらく本来の断捨離の目的とは違うだろうけれど、とても効率的になれるのだ。
ジャッジが効率良く瞬時にできるようになると、そのメンタルの技術は、仕事のやり方にも好影響を及ぼすようになる。
情報を得るというのは、きっとどんなビジネスでも必要不可欠だと思うが、そこに迷いと遅延がないということで、仕事全体のクオリティが間違いなく上がる。結果として全体と詳細が同時に見えている状態になれる。これには長年に渡る経験が必要とされるが、経験とは取捨選択の蓄積だと思えば、そこの速度が上がることによって、経験量が増えたに等しい状態になれる。
ここまでを整理すると、断捨離生活によってもたらされる利点は、選択能力が高まり、それは交友関係などの日常範囲を超えて仕事や趣味にまで及ぶということだ。
恋愛においても、相手への選択力、付き合い方への選択力が大いに養われると思う。
さらに次に進むと、選択能力によって捨てる技術が高まったあとで、新たに増やさない技術として、溜めないというのが大切だ。
頼んでもいないのに、やって来るものがある。日常でいえば、DMとか始めから乗り気になれない誘いとかの類である。仕事で言えば、取引先からの必要以上に細かいメールなどもそうだろう。
それらを後回しにせずに、その場で右から左へと瞬時に流すように終わらしていくというのが溜めないということだ。
ついつい先送りしてしまうことになりがちだが、こういう面倒なことほど、その場で全力で終わらしていくことが、後のフリースペースを生むのだ。面倒なことほど、集中してパッパと済ませてしまうのは、溜めない技術の大前提だ。
捨てる技術、増やさずに溜めない技術を駆使して暮らすことは、フリースペースを確保することへの近道だ。フリースペースというのは、あなた自身のことだ。それがないというのは自分を失うということ。
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そして、ここにきていよいよ断捨離とヒーリングの関係について語りたい。
物理的な整理整頓が、精神的な整理整頓に繋がって、心の安定をもたらすということは、おそらく分かりやすいことだと思う。
家の中で、何がどこにあるというのを把握しているということは、心の混沌を生まない。
これは捨てる技術がもたらした恩恵だ。
ここでは、次の溜めない技術をヒーリング的な立場から語ろうと思う。
たとえば、ストレス。それを溜めない技術というのは、セルフヒーリングとしてとても大切だ。病気になってからヒーリングを始めるのではなくて、未然に防ぐというのは断捨離の溜めない技術がそのまま使える。不要なものは右から左へと全力で流す。
溜めないためには、一人一人にもちょっとした知識と技術が必要だ。とはいえ、大げさなことではなく、電車に乗っていたり、ちょっとした合間にできることを一つ二つ知っているだけでも大きく違うと思う。それを知っているだけで、病気を溜めない意識ができ、それが病気から離れるためのきっかけとしてとても大切だと思うからだ。
ここではツボの合谷(ごうこく)をお勧めしたい。有名なツボだが、ツボと知らずに押している人も多いと思う。
スマホをいじる手を止めて5分ほどでいいから、是非毎日何度もやってもらいたい。
合谷というのは万能ツボとされていて、頭痛、肩こり、便秘、歯痛、のどの痛み、風邪、鬱、精神不安、無気力、不安など多岐に効果があるとされている。
合谷の場所は手の親指と人差指の骨の付け根にあって、押せばジーンとするから見つけやすいと思う。
それを痛くならない程度に刺激するのだが、押す指をゆっくり回転させてもいいし、数秒押し続け数秒離すというのを繰り返してもいい。痛心地よいやり方で刺激を与えてあげると、肩こりや頭痛などには割とすぐに効果がある。手にあるツボなので、シチュエーションを選ばずにさっと出来るというのも良い。
面倒なメールにすぐに対応して終わらせてしまうかのように、いらないシャツを捨ててしまうかのように、病の兆しはすぐにリリースしてしまおう。くれぐれも溜めるというのは、どうにかして避けてほしい。
体と心にこそ、健康というフリースペースが必要なのだから。
(つづく)
※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#21」は2015年9月13日(金)アップ予定。

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