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「世界を知る」から「世界に踏み込む」 スタディツアーのススメ

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Photo credit: Nakano Takayuki「スラム街の向こうに高級マンション。格差が生む貧困。〜フィリピンのスタディツアーで見た風景 都会編〜

こんにちは。TRiPORTライターのへむりです。

皆さんは、「スタディツアー」というものをご存知でしょうか? その名の通り「学ぶことを目的とした旅」のことを指します。例えば、スラム街や農漁村などの貧困地区で活動しているNGOを訪れて活動現場を見せてもらったり、現地の人たちにインタビューをしたり、旅人では踏み込めない場所に行くことができます。

また、ディスカッションの時間などもあり、そこで感じたことや気付いたことをシェアできたり、現地に住むスタッフに質問ができるので、現場の声を聞くこともできます。そんなスタディツアーに参加者として、そしてその後はスタッフとして参加した僕が、「人生を変える旅」に、NGOのスタディツアーをおすすめする理由をお届けします。

本音を聞ける旅になる

どうしても「旅」だと「住むこと」との違いを感じ、表面的な状況を見るだけになってしまうことも少なくありません。そのため、その国や地域をイメージだけで判断しがちです。特に現地語を話せない場合や、数週間程度しか滞在できないとき、一緒に仕事をするなどの利害関係がないときは、現地の人との交流も、「お客様」としてで終わってしまいます。

例えば旅から帰ってきた人から「現地の人々は貧しくても笑顔だった」という感想を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか? しかし「笑顔は貧困のものさしにならない」と、現地スタッフに教えてもらいました。どれだけ辛い状況でも、外国からの客人という非日常があれば、楽しくて笑うことができます。だからと言って、生きるのがしんどくないわけではありません。貧困、飢餓、病気、犯罪、差別など、様々なものに苦しんでいても、笑うことはできるのです。

そして、そのスタッフが教えてくれたのが「絶望しているからこそ、笑う人もいるんだ」ということでした。「現状を変えることができない」「現実を受け入れることしかできない」。その中で、不満さえ「満足」だと思い込むようにしているんだそうです。

筆者撮影

筆者撮影

あるスラムでのインタビューではこんな出来事がありました。
そこに住む女性に「欲しいものはありますか?」と、ツアー参加者が尋ねたのです。すると彼女は「家族みんなで暮らすことができる。それだけで幸せよ」と答え、それを私たちは笑顔で聞いていました。しかし、ふいに彼女の瞳から涙がこぼれたのです。少しの沈黙の後、彼女が再び、口を開き、「子供たちのために奨学金が欲しい。学校に行かせてやりたい」と、涙ながらに言葉を漏らしました。その瞬間、目に見える笑顔だけが、本当の気持ちとは限らないと知ったのです。

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Photo credit: Nakano Takayuki「当たり前って何か?を考える。国際協力に触れたい一歩目。フィリピンのNGOスタディーツアー

「支援の対象」から「友人」に変わる

僕が参加したスタディツアーの最初の訪問地はスモーキーマウンテン。そこで目の当たりしたのは、笑わない子供達でした。

ゴミで埋まった地面の上に、ボロボロ板とビニールをツギハギして作られた家々が並んでいます。ぬかるんだ道を抜けると、ゴミ収集車から街中で集めてきたゴミ袋が降ろされている光景を見かけました。すると、そのゴミ袋めがけて、大人も子供も、我先にと集まり、袋を破っていきます。目的は、その中にある換金可能な鉄・プラスチック・ガラスなどを見つけるためです。炎天下の中、彼らはその「仕事」に従事します。雨でも、台風でも、自分が病気でも、休むことはできません。休んでいては、次の日の食事のためのお金を、得ることができないからです。

テレビの向こうで見たことのあった光景、そして行かないとわからない臭い。それらを目の前にして、僕は笑うことも、悲しい顔もできませんでした。「豊かな日本に帰れる僕が、笑顔で声をかけるのって失礼なのではないか? でも、悲しい顔をするのは侮辱なのではないか…」などと考えていると、どんな顔をしたらいいのかさえわからなかったのです。

出発前には「自分に何ができるだろう」と考えていた僕は、実際に現地に行って「どんな顔をしていいかわからない」と落ち込みました。

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Photo credit: Nakano Takayuki「当たり前って何か?を考える。国際協力に触れたい一歩目。フィリピンのNGOスタディーツアー

次に訪れたのは2年後の夏。初めて僕が訪れたとき、NGOの活動はまだ調査段階でしたが、2回目の訪問時には活動が始まっていたのです。その頃には、信頼関係が生まれ、現地の人たちが希望を持って生活をしていました。NGOの人たちの地道な活動の成果です。子供も大人も笑い、僕らに声をかけてくれます。僕の手を引いて、案内をしてくれた子や、ホームステイで一番広い場所に僕の寝るスペースを取ってくれた家族など…、そこではたくさんの出会いがありました。

その中でも印象的だったのが、5歳の男の子JR君に、交流会で余ったクッキーをあげたときのことです。僕はいつでもクッキーを食べることができます。しかし、スモーキーマウンテンで暮らしていると、そんなことは稀です。そこで、いつも僕のお世話を焼いてくれていたJR君にお礼としてクッキーをあげたのですが、彼はなんと、もらったクッキーを迷うことなく半分に割り、僕の口に入れてくれたのです。そこで僕は「そんなことができるなんて!」と衝撃を受けました。

そんな男の子が住んでいる場所が、世界にはあります。そして、そんな子供達が教育を受けられない現実を実感したとき、あなたは「何かしたい」と思うのではないでしょうか? 「貧しいから助けたい」のではなく、「もし出会った友人が、何かに困ってるのなら手伝いたい」という気持ち。それこそが、世間で「国際協力」と言われる活動だと、僕は思います。たまたま、その友人が「途上国に住んでいる」ということで、本人以外の誰かが「国際協力」と名付けたり、「ボランティア」と名付けたりするものだと。

さて、皆さんもスタディツアーに興味が湧いてきましたか? 「世界を知る」から「世界に踏み込む」へ。「貧しさの中の笑顔」を美談にしてしまわない旅へ、踏み出してみてはいかがでしょうか。

ライター:へむり。
Photo by: Nakano Takayuki「当たり前って何か?を考える。国際協力に触れたい一歩目。フィリピンのNGOスタディーツアー

フィリピン・スタディツアーの旅行記はこちら

*Nakano Takayuki「スラム街の向こうに高級マンション。格差が生む貧困。〜フィリピンのスタディツアーで見た風景 都会編〜
*Nakano Takayuki「当たり前って何か?を考える。国際協力に触れたい一歩目。フィリピンのNGOスタディーツアー

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