ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

第19回 毎日の過ごし方

DATE:
  • ガジェット通信を≫

 拘置所での生活時間はかなり厳格なのであるが、留置場と違って時計がまったくない。あるのは浴場にある15分計だけである。人間というのは不思議なもので、暇であれば暇なほど「今何時だろう?」「○時なら昼食まであと何分だな」というように、割と時間を気にするものである。なぜ時計が設置されていないのだろうか。私の考え、あくまでも推測で邪推かもしれないが次のようなものである。

 そもそも我々が具体的な時刻を知る必要がないと官側が考えているのではないか。弁護人接見があった。その接見は、午後の体操音楽が流れ始めた頃からだったので、おおよそ3時くらいから始まったことは分かった。接見終了後、どのくらいの時間接見をしていたのかを知りたくて、帰りに付き添っていた刑務官に「今何時ですか」と尋ねた。ところが刑務官からは「そんなことを知る必要はない」とまったく相手にされなかったことがあるからだ。このきっぱりとした返事を聞いて、時間を教えること自体が禁止されているのではないかと思った。

 何かをする際、例えば昼寝の時間になると刑務官が「午睡」と大声で叫ぶ。余談だが、体育会系の怒鳴り声の如き大声であり、慣れるまでは何を言っているのか聞き取ることができない。仮就寝時間となると「仮就寝の時間です。静かに横になりましょう」という放送が流れる。このように、刑務官の声掛けあるいは放送で我々の行動が規律されるわけで、うがって考えれば刑務官の権威付けではないかとさえ思ってしまう。

 居室内にいるときには、運動時間、入浴時間を除いて、かなりの時間がある。そこで、弁護人接見が入るとかなりうれしい。事件の打合せもあるが、とにかく話をすることができるし、あっという間に時間が経つからそれがうれしい。

 接見があっても、また接見がなければより一層時間があまる。何もすることがないので、ただひたすらに本を読むか書きものをするかしかない。書きものをする時間に制約がないという点では留置場よりはるかによい。季節的には夏の終わりから秋の終わりまでであれば快適だろう。もちろんだからといって入りたいものではないが。

 時間がありすぎて、読書や書き物にも、さすがにあきてくる。目先をかえるために、自弁で週刊誌も購入していたが、それを読み返したこともある。
 新聞も取れるが、回覧もされているし、保釈になるかもしれないことを考えると、所定の契約期間で新聞を購読することにも躊躇した。というか、例えば、1か月単位で購入すると、その1か月間は、保釈にならないことを自分で認めたようで嫌だったのである。

 とにかくヒマだというのが拘置所生活である。しかも雑居ではなく独居であるから、話し相手もいない。雑居は、雑居なりに人間関係などで鬱陶しいこともあるとは思う。それでも、このときばかりは、雑居に移りたいとつくづく思った。
 弁護人接見がないと、一日中誰とも言葉を交わすことがないことも珍しくない。人間は、コミュニティー動物であるから、一人で誰とも会話がないということはかなり辛いことだと知った。(つづく)

元記事

第19回 毎日の過ごし方

関連情報

法、納得!どっとこむの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP