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ビッグマウスで注目された清宮克幸氏の「これぞ清宮」な発言

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 早稲田実業の怪物1年生・清宮幸太郎の物怖じしない受け答えは、取材記者が舌を巻くほどだが、それは父譲りである。そして、高校通算本塁打は「80本くらい打ちたい」と、高校通算60本塁打の松井秀喜を上回ると記者に宣言するビッグマウスっぷりも見せている。

 父・克幸氏は早稲田ラグビー部のナンバーエイトとして2年生で日本選手権優勝、主将を務めた4年生で全国大学選手権優勝、卒業後はサントリーの主力として活躍した。引退後の2001年、当時低迷していた母校・早稲田の監督に就任して3度の大学選手権優勝に導き、その後も社会人のサントリー、ヤマハの監督として優勝を果たすなど名将として知られている。

 克幸氏も息子と同様に、「ビッグマウス」で学生時代から注目を浴びてきた。当時から克幸氏を取材するラグビージャーナリストの村上晃一氏が語る。
 
「1987年12月の『雪の早明戦』として今もファンの脳裏に刻まれる伝説の試合は重量フォワードを擁する明治が圧倒的有利。しかし、克幸氏は『明治のフォワードに破壊力はない、勝てますよ』と自信に溢れていた。実際、明治のラスト間際の猛攻をしのぎ早稲田が勝った」
 
 主将を務めた4年時の早明戦でもNHKのインタビューで「あいつら大したことない」と対戦相手の明治大学を「あいつら」呼ばわり。公共放送としてはいささか度を超した“闘志”を吐き出しファンをギョッとさせた(7月29日に姫路市で行なわれた講演で、清宮氏は「大阪出身の自分にとってはライバルである明治に対しての親しみを込めた表現だった」と語っている)。

 早稲田の監督時代には就任1年目の2001年、それまで全く歯が立たなかった慶応相手に「30点差で勝つ」と宣言し、本当に33点差をつけて勝利した。
 
 そして“これぞ清宮”という発言が2003年4月、日本代表レベルでも勝つのが困難とされたニュージーランド学生代表(NZU)に早大が勝利した時のものだ。記者会見場に入った監督の克幸氏は開口一番、報道陣に向かってこう一言。
 
「あれェ、(祝福の)拍手がないんですけど? 僕たち、凄いことやったはずなんですけどね?」
 
 前出の村上氏が語る。
 
「これは勝利の重みを知る清宮氏が報道陣の盛り上がりが少ないと感じた際のお得意のフレーズです」
 
 前述の7月29日の姫路市の講演会でも、清宮節は冴えわたった。「僕が野球をやっていたら相当な選手になっていたと思いますよ。KK世代ですから」などと発言。さらには「全日本の監督になったときはどうするか」との問いに、
 
「日本でラグビーのW杯をやるのだから、スターティングメンバーに外国人が過半数以上いるチームでは意味がない。日本人が外国人の下働きをしているようなもの。勝ち負けではなく、(日本のチームなのだから日本人で闘うという)チャレンジをするのが次の日本代表監督の責任だと思う」

 と、早くも“意気込み”をあらわにした。

※週刊ポスト2015年8月14日号


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