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危機感なき古参幹部と40億円の負債… 「終わった会社」立て直した龍角散8代目社長の進取果敢

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「のど飴」シェア1位の「龍角散」。売り上げは右肩上がりで、2015年度は初の100億円を達成する見込みだ。大気汚染に悩む中国人観光客がおみやげに爆買いする人気商品だが、一時は倒産寸前まで低迷していたそうだ。

7月23日放送の「カンブリア宮殿」は、創業家8代目社長の藤井隆太氏(55歳)に老舗企業の復活秘話を聞いた。創業は明治4年だが、のど薬の歴史は江戸時代まで遡る。ぜんそくに苦しむ秋田藩主のため、御典医だった藤井氏の先祖が作った薬だという。
35歳の社長就任で愕然「どう考えても5年も持たない」

藤井社長はもともと音楽家志望で、音楽の名門校で学びフランス留学までしていたが、家業を継ぐため夢を断念。小林製薬で修業していた1995年、父である先代社長が病に倒れ、35歳の若さで会社を引き継いだ。

ところが当時、龍角散は売り上げが落ちる一方で、年商40億円で負債も40億円という恐ろしい事態に陥っていた。小さな匙ですくって飲む粉薬はもはや時代遅れだったのだ。藤井社長は当時をこう振り返る。

「愕然としました。これは終わった会社だと。どう考えても5年も持たない。3年も難しいんじゃないか」

経営会議で窮状を訴えたが、古参の幹部たちに危機感は全くなかった。「龍角散は終わった商品」とまで言う始末で、「胃薬が売れているからうちでも」と無理して新製品を出すなどしたが、ことごとく失敗した。

そこで藤井社長は「のど薬」の原点に戻ることを決意。のど飴や顆粒のスティックタイプを発売し、キャッチコピーを変更した。「ゴホン!といえば龍角散」は風邪のイメージしかなく、これまで冬しか販売が伸びなかったが、「のど、直接、うるおう」に変更すると、1年を通して売れるようになった。
困った人がいるという訴えに「いるわけがない」と答えた役員

さらに世界初の「服薬ゼリー」を開発。提案したのは薬剤師の資格を持つ福居篤子さん(現・開発本部長)だ。病院に勤めていた経験から、薬を飲むのに苦労している高齢者たちをよく知っていた。以前から提案はしていたが会社に認めてもらえなかった。

「困っている人がどれだけいるか。ご飯に混ぜて飲む人もいるんです」

そう話しても、「いるわけがない」と役員から言われ、「います」と反論すると、藤井社長が「自分が見に行こう」と手をあげた。

藤井社長は介護施設を訪れ、ご飯にまぜて薬を飲んでいる高齢者たちの姿を目の当たりにし、衝撃を受けた。「最後の楽しみである食事に薬をまぜる。こんな切ないことはありませんね」と藤井社長は思いを語る。

「売れるかどうか分からなかったが、少しでも改善できるならやるべしと。業界で誰もやっていなかった。うちしかできないと突き進んだわけです」

薬の嚥下作用を見るレントゲンでの実験役も、自ら買って出た。商品開発は成功し、薬の作用に影響を与えず、高齢者や子どもに薬を飲ませやすくなったと喜ばれている。35か国で特許を取得し、今や年10億円を売り上げる主力商品に成長した。
父親を「このざまは何か」と一度だけ怒鳴る

藤井社長は家業に戻って社長になるとき、40億円の負債を知って父親に「それでも社長か。このざまは何か。経営者として恥ずかしくないのか」と一度だけ怒ったそうだ。そこで「俺が出来なかったからお前やってくれ」と言われ、「わかりました、やります。手段は選びませんよ」と宣言した。

その言葉通り、自ら行動し続けた。若くして古参幹部に囲まれながら会社を継いだ藤井社長には、並々ならぬ改革の決意と行動力が必要だったことだろう。その話しぶりは押し出しが強く、迷いなく突き進む人という印象だった。(ライター:okei)

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