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【基地局探訪記 その6】 沖縄・北大東島のさとうきび畑にそびえる基地局のヒミツとは?

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沖縄は、東西約1,000km、南北約400kmの海上に点在する363の島々からなる。そのうち、面積1ヘクタール以上の島は160存在し、沖縄本島を含めて49の島々に沖縄県民およそ140万人が暮らしている。

また、auサービスの人口カバー率は本土のそれを上回る99.9%に及び(2015年3月末現在)、このエリアでは、音声通話はもちろん、4G LTEの高速データ通信にも対応している。

しかし、沖縄本島から遠く離れた島々にネットワークを展開するのは、回線敷設のコストをはじめとしてさまざまな困難がつきまとう。それでも100%に近い人口カバー率を達成するのは、沖縄でauサービスを展開するKDDIのグループ会社、沖縄セルラー電話(以下、沖縄セルラー)の企業努力の賜物といえるだろう。

今回の基地局探訪は、沖縄本島から東へ約360km、沖縄最東端の北大東島を訪ねた。のどかなさとうきび畑にそびえる高さ40mの鉄塔基地局とのコントラストもさることながら、北大東島の基地局は、通常の基地局にはない大きな特徴があるという。それを探りに、編集部は沖縄へ飛んだ。


広大な海に浮かぶ沖縄の島々。これだけの距離を、auはネットワークでつないでいる

南国・沖縄の空気を感じて

ほぼ始発の飛行機で羽田を飛び立ち、沖縄の玄関口・那覇空港へ降り立ったのは午前9時過ぎ。5月末、梅雨真っただ中のはずの沖縄は、幸いにも雲の隙間から太陽がときおり顔を出してはいたが、じっとりと肌にまとわりつくような南国特有の湿り気に包まれていた。

タクシーで那覇市の中心部へ向かう。目指すは沖縄セルラーの本社ビルだ。北大東島の基地局について話を伺うことになっていた。

梅雨のさなか、雲間にのぞく青い空。タクシーの運転手さんいわく、前日までは雨。沖縄の梅雨は例年6月半ばごろには明ける。写真に見えるのは、「沖縄セルラースタジアム那覇」。沖縄で唯一、プロ野球ナイター公式戦の開催が可能なスタジアムだという

編集部一行を迎えてくれたのは、経営管理部の伊禮良志(いれい・かずし)課長と運用管理部の當山弘史(とうやま・ひろふみ)課長補佐。ちなみに、かりゆしウェアに身を包んだお二人に案内された会議室の名前は「ガジュマルA」。沖縄らしさがそこかしこに感じられる。



沖縄セルラーの本社ビル。かつては日本銀行那覇支店が入っていた。そのときの名残が写真右の金庫。1972年5月15日、沖縄が日本に返還された際、ドルと円の交換のために540億円(!)を保管していたという

大ちゃんとうーたんは、初の沖縄上陸に大はしゃぎで受付のお姉さんともパチリ。ちなみに、金庫を囲む壁石は「宮古トラバーチン」と呼ばれる琉球石灰岩の一種。貝殻の化石を多く含む独特の色合いが特徴だ

島の基地局をつなぐもの

北大東島の基地局最大の特徴とはなにか――。

それは、基地局をネットワークとつなぐ方法にある。通常の基地局が、ケータイとは電波で、ネットワークとは光ファイバーでつながっているのに対し、この基地局は、ケータイはもちろん、ネットワークとも電波(無線)でつながっている。いわば、電波の橋渡しをしてケータイをネットワークにつないでいるわけだ。光ファイバーの代わりに電波(無線)を使ってネットワークと接続するこの方式を、「無線エントランス」と呼ぶ。

伊禮課長(右)と當山課長補佐(左)。終始にこやかにインタビューに応じてくれた。二人の間にいるのは沖縄セルラーの人気キャラクター「auシカ!」

――では、北大東島の基地局は無線でどことつながっているのか? 答えは北大東島のお隣の島、南大東島だ。

「南大東島は、北大東島からおよそ10km南西方向にあります。南大東島に沖縄本島とつながるネットワークの中継局があり、そこから電波を飛ばして北大東島の基地局と無線でつないでいます。島と島の間には深い海溝があるため海底ケーブルを敷設できず、無線で接続することになりました。基地局どうしをつなぐ電波の周波数は、ケータイと基地局をつなぐそれとは異なっているため、混信の心配はありません」と伊禮課長。

南北の島の接続経路について、當山課長補佐が補足する。

「本島とつながる中継局は南大東島の南部にあり、そこから北部の無線中継局を経由して、北大東島の基地局に電波を送っています(図参照)。北大東島には3つのau基地局があり、北大東島の基地局では受信した電波を増幅して、その他の基地局に電波を飛ばしています。

南北大東島の無線ネットワーク経路の概要図。本島とつながる南大東島の中継局から、1ホップ・2ホップで北大東島に電波が届く

北大東島をカバーする3つの基地局。島民をネットワークにつなぐ生命線だ

基地局建設に立ちはだかる壁

基地局建設には、大きな苦労を伴ったという。

北大東島も南大東島も、サンゴ礁が隆起してできた島と考えられ、周囲が断崖で覆われたすり鉢状の地形をしている。そのため船が接岸できず、物資は港からクレーンで陸揚げする必要がある。

「基地局の建設資材も、当然クレーンで陸揚げしなければなりませんでした。加えて、定期船に資材を積み込むことができず、バージ船(平底の船舶)をチャーターしなければならなかったのも大変でした。南北合わせて2,000人ほどの人口で採算が合うはずもないのですが、地元沖縄の通信を支える主旨で設立された当社としては、採算を度外視しても、島の人たちのために通信サービスを届けることを優先しました」(伊禮課長)。

南北大東島は、台風の通り道として有名だ。東日本大震災の教訓を踏まえ、2012年に、沖縄セルラーも災害対策を強化し、北大東島の備えも増強した。

「南大東島からの電波を受信する基地局が故障した場合には、南大東島からの電波の送り先を切り替えて、通信を継続できる構成をとっています。また、電力供給が途絶えた場合に備え、自家発電機で48時間は基地局を動かせるようにもしてあります」(當山課長補佐)。

本島から復旧対策で人員が駆けつけられない場合も想定し、現地の会社に協力を依頼し、管理を任せられる体制も築いている。

北大東島でクレーンの陸揚げを行う港のひとつ、西港。”ウソ”みたいに青い海と、遮るもののない水平線が広がっている。島の岸壁は押し寄せる波と台風によって侵食され、ゴツゴツとした荒々しさが際立つ

一路、沖縄最東端の島へ

基地局についての説明を受けると、空路で北大東島を目指す。

本島と南北大東島は、火水木曜日は那覇⇒南大東島⇒北大東島⇒那覇の航路で、日月金土曜日は、那覇⇒北大東島⇒南大東島⇒那覇の航路で、それぞれ1日1便が飛ぶ。取材に訪ねたのは火曜日で、南大東島を経由して北大東島へ向かう。本島からおよそ360kmの空の旅は、乗り継ぎを入れて2時間ほどだ。


北大東島への旅立ちの前、腹が減っては戦はできぬということで、取材にご協力いただいたお二人を交えて本社ビル近くの食堂で昼食。頼んだのは、左上から時計回りで「すき焼き」「ちゃんぽん」「ゴーヤちゃんぷる」「そうめんちゃんぷる」「レバニラ」。沖縄の「ちゃんぽん」は麺類ではなく丼もの。土地が変われば言葉も変わるというわけだ

大東島へ向かう琉球エアコミューターはボンバルディアDHC8-Q100。39人乗りのプロペラ機だ。那覇からは1日1便。行きも帰りも乗客で一杯だった



乗り継ぎの南大東島空港でパチリ。空から見る南北大東島は、テニスのクレーコートのような赤土が広がっていた。この赤土、「テラロッサ」と呼ばれるもので、沖縄本島のものと比べて粘り気が強く、雨が降ると粘土状になるのだとか。この赤土は中国大陸から黄砂に乗ってやってきたものではないかと研究が進められているという(北大東村のウェブサイトより)

驚いたのは、南大東島から北大東島へ向かう飛行機に乗り込み、離陸を待っていたときのこと。「当機は、離陸後約3分で着陸体制に入ります」との機内アナウンスが……。「え、3分?」。

「30分」の聞き間違いかと思っていたら、離陸した直後に「当機は間もなく着陸体制に入ります」とのアナウンス。本当にものの数分で北大東島へ着陸してしまった。南北の島の距離が10kmしか離れていないことを考えると、数分で着くのも当然なのだが、初めての訪問客にはその辺の距離感がどうにもつかめず、おおいに驚いたのであった。

地デジと一緒にLTEがやってきた

さてここで、北大東島に上陸する前に、話を少し戻して再び沖縄セルラーのお二人にご登場願おう。基地局について少し語り残したことがあるからだ。

北大東島の基地局が、電波(無線)で南大東島とつながっているところまでは触れたが、南大東島がネットワークとどうつながっているかは紹介していない。かつては、衛星を使って沖縄本島とつないでいたが、光ファイバーの海底ケーブルに切り替わった。

「北大東島でauサービスを提供できるようになったのは2007年6月のことです。そのときはNTTやKDDIの衛星回線設備を借りて、南大東島と那覇をつないでいました。当時から、南北の大東島は”無線エントランス”でつないでいました」(當山課長補佐)。


2007年6月のauサービス開始当初、那覇から南大東島へは衛星を使って通信回線を確保していた

それが海底ケーブルに切り替わったのは2012年2月のこと。背景には、2012年3月に行われたアナログテレビ放送から地上デジタルテレビ放送への完全移行がある。それまで南北大東島のテレビ放送は、東京都内から小笠原諸島へ衛星を介して送られるアナログ放送の電波を受信していた。つまり、南北大東島は沖縄県下でありながら、東京都内の番組を視聴していたわけだ。

ところが、地デジ対策で小笠原諸島とのあいだに海底ケーブルが敷設されることが決まると、今度は南北大東島での地デジ対策が必要になり、内閣府の「沖縄振興特別事業費」で南大東島にも海底ケーブルが敷かれることになった。

なお、それまで海底ケーブルが敷設されなかったのには、その距離もさることながら、本島と大東島地方のあいだを南北に走る、深さ7,000mを超える琉球海溝があったことも大きな理由だ。

かりゆしウェアを身にまとい、基地局について説明する當山課長補佐(奥)とその様子を見つめる伊禮課長(手前)。大ちゃん、うーたん、auシカさん、はしゃぐのもほどほどにね

「海底ケーブル敷設事業が完了したのが2011年のこと。海底ケーブルでは、地上デジタル放送のほか、南北大東村の役場との通信や固定インターネットの通信も共用しています。auのデータ通信もこの回線を利用し、2014年2月から南北大東島でもLTEサービスを利用できるようになりました。ただし、海底ケーブルの容量制限の関係で、南北大東島の基地局の通信速度は、それぞれ最大6Mbpsに制限されています」と當山課長補佐。この通信速度を上げることが、沖縄セルラーの次なる目標として掲げられている。

美しくも険しい自然に囲まれて

北大東島に着くと、編集部一行で島の様子を取材する。たしかに聞いていたように島はすり鉢状になっていて、島の中心部から海岸線が見えるところは少ない。360度、見渡す限り木々が生い茂り、畑が広がる。

北大東島の風景。写真上/宿泊した宿の展望台から。写真下/北大東島も赤土に覆われている


写真左/クレーンの陸揚げがされる西港で出会ったのは小波津繁(こはつ・しげる)さん、御年76歳。周辺は格好の漁場で、体長1mの重さ30kgを超えるマグロを1人で釣り上げたこともあるという。写真右/島にはauのケータイ端末を扱う店舗もある。本業は自動車部品を扱う個人商店で、auサービス開始を機に端末の取り扱いを始めた。店では在庫を持たず、モックを見て注文を受けると最短3日で現物が届く仕組みだ

あちこち島を散策し、いよいよ取材の目的地へ。島の北西部、さとうきび畑の向こうにそびえる高さ40mの鉄塔の基地局だ。

さとうきびの背丈は人間の身長に届く。それよりはるか高く、基地局は屹立する。基地局の頂上付近に見える丸い出っ張りが、南大東島からの電波を受信するアンテナだ。

しばらく撮影を続けていると、太陽が徐々に沈み始め、夕日が雲を赤く染める。沖縄最東端、沖縄でもっとも早く朝日が昇この島は、いちばん早く夕日が沈む場所でもある。今ごろ、はるか西方の本島の空は、まだ青々としているのだろうか。見える空の色は違っても、この基地局は、たしかに本島とつながっている。

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