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異形環境と化した世代宇宙船、はたして最終的な寄港地は?

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 SFの古典的題材である世代宇宙船を正面から扱ったオールディスの第一長篇。オールディスはJ・G・バラードとならぶ英国ニューウェイヴの旗頭だが、本書はそのムーヴメントが勃興する以前、1958年に発表された作品だ。しかし、すでにこの作家の特質がありありとうかがえる。ここに描かれる世代宇宙船内の異形化した世界は、物理的な環境であると同時に、ひとつの精神空間なのだ。

 この船内で生まれた主人公コンプレインは地球もほかの惑星も知らず、またこの船の記録はとうに失われているので、いまいるところだけが彼にとっての唯一の世界だ。船内の空間は広大でいくつもの地域があるようだが、その全貌を把握している者は彼の身近にはいない。その〈居住区〉では前近代的な職位制度によって秩序が保たれており、コンプレインは狩人で野生動物を獲り、肉を売って暮らしていた。そこにはいちおう宗教もあって人々からあまり敬われていないが司祭もいる。その司祭マラッパーが〈居住区〉外への遠征を計画し、コンプレインも遠征隊の一員にスカウトされる。

 繁殖力の強い植物ポニックがはびこる荒涼の〈死道〉を抜けた先に待ち受けるのは、果たして何か? 突然変異によって奇怪な身体を持ったミュータント、誰も入りこめない場所から生まれてくる〈よそ者〉、この船をつくった偉大な巨人族、異質な武器と道の力を備えた〈前部〉の民……コンプレインの断片的な知識のなかにあるのは奇怪なイメージばかりだ。以降、冒険の旅はコンプレインの視点に沿って進行するので、読者も俯瞰的な視点を持ちえぬまま世界内を彷徨することになる。

 異形化した世代間宇宙船の世界を「内側の視点で描く」手法は、それより以前にロバート・A・ハインラインが「常識」「大宇宙」(のちに併せて『宇宙の孤児』として単行本化)で試みている。「内側の視点」が「外側の視点」へと裏返るのがハインライン作品の醍醐味だが、オールディスはそうした認識的カタルシスだけで終わらない。『寄港地のない船』の異形化した環境は「異なる視点」を支えているだけではなく、主人公たちの身体と心が大きな影響を与えている。

 身体性については物語のクライマックスに関わってくるので詳述は控えるが、この作家がのちに書きあげる傑作『地球の長い午後』の萌芽がハッキリとあらわれている。それはまた、H・G・ウエルズからつづく英国SFの思想的伝統でもある。そのあたりの事情は、本書の「訳者あとがき」で中村融氏がスバリと指摘している。

 心の問題については、物語の中盤、コンプレインが〈無意識〉と格闘する場面が大きな意味を持つ。ストーリー上はSF的ギミック(精神干渉)なのだが、あまりに印象が凄まじい。この〈無意識〉は彼の精神内部にとどまらず、この宇宙船に充満している印象すら受ける。これを推し進めればそのままニューウェイヴが目ざした内宇宙だ。

 まあ、『寄港地のない船』はその一歩手前で立ちどまってしまうのだけれど。古き良きセンス・オヴ・ワンダーを是とする読者からみれば「踏みとどまった」というべきか。しかし、コンプレインたちが最終的に目ざす地点が、誰にとっても馴染みのある現実(=外宇宙)である保障はどこにもない。

(牧眞司)

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