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川上哲治氏の広岡達朗氏排除 引退後海外でも徹底され涙流す

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 野球ファンの間で囁かれてきた数々の伝説の真相が、新刊『巨人V9 50年目の真実』(小学館)では、当事者によって明らかにされている。同書から、川上哲治氏と広岡達朗氏の対立の「真実」を紹介する。

 川上氏と広岡氏、2人の関係が必ずしも良好でなかったことは有名な話だ。両者の決裂が決定的となる事件があった。

《広岡達朗氏の証言》

「1964年8月の国鉄戦でのこと。7回表の私の打席で長嶋(茂雄氏)が本塁に突っ込んできた。その2日前の試合でも打席にいる時に長嶋にホームスチールをされている。当初は長嶋がノーサインで勝手にやったことだと思っていたが、こう連続してやられると、これは(川上哲治監督の)サインプレーだと確信しました」

 同年オフに広岡氏にトレード話が持ち上がる。広岡氏は「トレードなら引退する」と正力亨オーナーに直訴し、残留した。

 しかし関係は改善しなかった。広岡氏が続ける。

「その後は露骨に出番が減らされ、引退することになった。引退後も『広岡排除』は徹底していましたよ。私が評論家として巨人を訪れると取材拒否。海外キャンプでは視察していたら練習を止められた。海外まで来てこの仕打ちを受けた時には涙が出ましたね」

※週刊ポスト2015年7月17・24日号


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