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異文化での父子の生活、仮想世界に構成された人生、倫理の根拠を問う

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異文化での父子の生活、仮想世界に構成された人生、倫理の根拠を問う

『ゼンデギ』とは耳慣れぬ言葉だが、ペルシア語でLifeを意味する。物語の主要舞台はイランだ。主人公がふたりいて、最初は別々の物語が交互に語られ、徐々によりあわさっていく。

 ひとりめの主人公は、オーストラリア人ジャーナリストのマーティンだ。彼は政権が揺らぐイランを取材すべく現地へ赴任する。その際、自宅に保管していたLPコレクションをすべてをデジタル化して保存するが、再生してみるとノイズが入っていた。コンピュータ任せにしたせいで欠損が生じたのだ。冒頭のこのエピソードが作品全体のテーマを反映している。

 マーティンはイランの女性と結婚し一人息子ジャヴィードを授かるが、息子が五歳のときに妻が亡くなりマーティン自身も難病を抱えてしまう。ほかに身よりのない息子の将来を案じたマーティンが考えたのは、自分の代わりの「導き手」をつくることだった。その足がかりとなるのがヴァーチャルリアリティ・システム〈ゼンデギ〉だ。この時代(2027年)には体感型ゲーム世界はいくつも開発・運用されており、〈ゼンデギ〉もそのひとつである。

 もうひとりの主人公は〈ゼンデギ〉の中核を担う女性技術者ナシム。MITで先鋭的な研究に取り組んだ経歴の持ち主だが、いまは〈ゼンデギ〉のリアリティを強化する方途としてプロキシ・モジュール—-二千人のサンプルから合成された「脳配線マップ」に基づく疑似人格—-の活用を検討している。プロキシ自体はマネキンのような無個性だが、これをサイドローディング(個人の脳のスキャンし、ある刺激を受けたときの脳の変化を外部ネットワークに模倣させる仕組み)と組み合わせれば、個人の脳の働きを仮想空間へ移植することができる。

 たとえば、一流サッカー選手のプレイのプロキシ化。通常のシミュレーション技術でも実際のプレイをなぞることは可能だが、それだと発展性に欠ける。サイドローディングは選手の脳内で起きている変化に基づくため、状況に応じたその選手らしいプレイが実現できる。サイドローディングは精度の限界がありデジタル移植直後はシミュレーションに劣る性能しか発揮できないが、仮想環境のなかで成長させることが原理的には可能だ。しかし、この「原理的には可能」をいかに「実際に可能」へと引きあげるには、いくつもの技術的な困難がともなう。イーガンはそこをキメ細かく描き、ハードSFとしての読み応えも充分だ。

〈ゼンデギ〉が当初めざしたのは運動能力の移植だが、その延長線上に言語能力や判断力の移植も考えうる。不死に取り憑かれた企業家キャプラン(彼はMIT時代からナシムの研究に目をつけていた)などは、一足飛びにサイドローディングによる人格移植すら期待している。研究者の観点からすればまったくの夢想なのだが。キャプランはサイドローディングだけでなく、もっと眉唾もののプロジェクトにも投資をしていた。面白いのは、彼は盲目的な似非科学信奉者ではなく、それなりに理性的な判断で行動している点だ。あるいはハイリスク・ハイリターン的な割り切りかもしれない。このユニークな人物の投入が、物語にひとあじ変わったアクセントを与える。

 キャプランに比べ、マーティンの発想はより現実的だ。ひとの人格そのものをデジタル移植することは(現段階では)不可能だし、その必要もない。息子の導き手となるプロキシに求めるのは、自分と同等の倫理判断能力だけだ。マーティンの願いは、さまざまな差別が横行しているイラン文化のなかでジャヴィードが歪まずに成長することだった。マーティンのイランの友人オマールは親切な男で、マーティンが亡くなったあとジャヴィードの養育を引き受けようと言ってくれる。オマールの善良性はうたがうべくもないが、にもかかわらず彼は人種差別が染みついている。ひとたびは説得しようと試みたが、そもそも前提が噛みあわない。染みついた文化的規範の壁は乗り越えられない。

 小説家としてイーガンが巧みなのは、イランの文化状況(さらに背景として政治状況も)を描きながら、それを父子の絆の物語へつなげていく手さばきである。かたやイーガンの誠実さは、マーティンの父性愛を絶対化しない点にある。自分と価値観の異なるオマールを友人として尊重するなら、ジャヴィードの価値観も彼自身に任せるべきではないか? 息子を善導すべきと考えるのはエゴではないのか? イーガンは簡単に答を出さない。

 そうしたテーマの展開と平行し、ナシム側の物語として倫理判断をするプロキシ構成の技術的困難が描かれる。さらには哲学的な問いまで浮上する。

 技術的困難とは、脳のどの領域をスキャンしてどのように調整すれば、本人と同じ倫理判断が再現できるかである。プロキシは自意識はもちろんのこと、記憶さえ持ちえない。サイドローディングは人格のすべてを移すことはできず、かつてマーティンがLPレコードをデジタル化したときと同様に欠落が生じる。それでも倫理判断機能を選択的に移植できるのか?

 そして哲学的な問いは、思いもかけない方向からやってくる。〈ゼンデギ〉の仮想世界が周到なハッキングに見舞われるのだが、それはサイドローディングに反対するグループのしわざだった。ナシムはその中核の人物ロロと〈ゼンデギ〉内で交渉する。ロロが持ちだすのはプロキシの人格権である。ナシムは当初、厄介なハッカー対策と考えていたが(そしてビジネス的にはそのとおりだが)、自分がきたるべき時代の分岐点に立っていることを知る。

 イーガンは人間の意識や精神を聖域としてカッコに入れるようなことはしない。かといって、内的状態を情報へ還元してしまう粗雑・性急な手段も採らない。隘路のようなロジックをたどって、じっくりと倫理の根拠を掘りさげていく。

(牧眞司)

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