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【貴重な証言】95歳のドイツ人女性がSNSで語る、ナチス・ドイツ「動乱の記憶」

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第二次大戦が終結して70年の月日が経ちました。戦争体験者の高齢化が進み、次世代へと語り継ぐ人々が年々少なくなっているなか、戦争の記憶の風化が懸念されています。それは日本だけでなく、ドイツでも同じこと。

ここに紹介するのは、ドイツ人の青年がコミュニティーサイト「reddit」を使って、自分のおばあちゃん(名前は明かされていません)の貴重な戦争体験談を共有しようと試みた、投稿記録の抜粋です。動乱の時代を生き抜いてきた95歳の女性の言葉に耳を傾けたいと、およそ1,000件近くのコメントが集まりました。

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質問:あなたのご両親はアドルフ・ヒトラー率いる「社会国家主義ドイツ労働者党」に投票したと思いますか?

「それは絶対あり得ないわ。父は社会民主党支持者だったから」

質問:当時のドイツ世論はどんな様子でしたか?市民の中に「戦争反対」の声はあったのでしょうか?

「少なくとも私の周りはみな、戦争する必要なんてないと思っていた。だから私たちからは戦争を仕掛けてはいないはず。イギリス人が始めたんだと思っていた。でも、もはや誰にも止められなかったんだと思う。それも仕方なかったのよ。世界を掌握しようという、ヒトラーの行き過ぎた計画を私たちドイツ人は、誰も止めることができなかったんだから」

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質問:生まれ育った街、シュヴァルツヴァルトが占拠されていくなかで、当時のあなたたちはどんな境遇にあったのでしょう?

「最初に敵軍が街に侵攻してきたって耳にしたとき、一目散に森の中へと逃げ込むように言われたの。いったい、この後どうなってしまうんだろう。とにかく怖かった。ところが、自宅に戻って待機しているように指示があったのを覚えている。とにかく不安のなかで自宅にいると、やがてモロッコ兵が家に上がってきた。彼らは貴金属や食料をかき集めて奪い去っていったけど、私たちに危害を加えることは無かったわ」

「モロッコ兵が出て行った後、今度はイギリス兵がやって来た。彼らのために我が家から1部屋あてがわれたんだけど、イギリス兵はとても紳士的だった。寝る時もベッドではなく、新聞紙を敷いてその上に寝ていたのよ」

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質問:終戦をどこで迎えましたか?その時、どんな思いでいたか憶えていますか?

「じつは、どこに自分がいたのかよく分からない。覚えていないのよ。だけど、とっても幸せを感じたことは覚えているわ。これでフィアンセが帰ってきてくれるって思ったからね。イギリス軍はロシア軍と違って、早々に捕虜を返すと聞いていたから。だけど7年待っても、結局フィアンセは戻ってこなかったわ」

質問:ドイツの敗戦をどのようなかたちで知ったのですか?新聞はきちんとその事実を伝えたのでしょうか?

「新聞ではドイツが負けたことを伝えなかったわ。そんなこと許されていなかったから。どうやって敗戦を知ったかといったら、一番はううわさ話。それと、休暇中だった兵士たちからね」

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