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江守徹 毎日の人生を敏感に一生懸命生きれば演技につながる

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 俳優の江守徹はデビューから現在まで一貫して文学座に所属しているが、舞台演劇にこだわって文学座をスタート地点に選んだわけではなかった。しかし舞台の面白さに目覚め、しだいに自然な演技とは何かを考えるようになった。江守が語る自然な演技についての言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏による週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。

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 江守徹は1962年に文学座研究所に入所、翌1963年に初舞台を踏み、役者としてのキャリアをスタートさせている。

「小学校の頃からなんとなく映画に憧れていて、俳優になりたいと思ったんですよね。それで高校の演劇部に入ったんだけど、そこからどう俳優になればいいか分からないんだ。映画会社はニューフェイス募集というのをやっていたけど、軽薄な感じがして嫌だった。ちょうどその頃に文学座が研究所を再開するというニュースがあったんだ。

 研究所では座学の授業があったけど、嫌だった。それから発声練習も嫌いでね。人がやってるのを見てバカじゃないかと思ってました。自分でいいと思うことしかやらなかったです。演技というのは教えることも習うこともできないんじゃないですか。研究所では年に4回の発表会があって、その稽古で役に付いてセリフを言うことが訓練だと思えました。

 とりたてて新劇に魅力を感じていたということはないです。俳優になるきっかけが欲しかっただけで。上手い俳優になりたいと思っていたけど、それ以上に有名になりたかった。人から知られたいという。そのためには映画やテレビに出なくちゃダメなんですよね。ただ、映画やテレビと舞台では演技が違う。

 映画やテレビだと場面を細かく分けるから、舞台のように幕が開いたら最後まで続けるわけではない。その点では、やっているうちに舞台の方がいいと思うようになりました。何かをやっているという感じが欲しいんですよ。ぶつ切れになると、演じていて面白くはないから」

 江守が入団した当時、文学座のトップには名女優・杉村春子がいた。

「杉村さんは一緒にやっていて、上手いなと思いました。自然にやるから、リアリティがある。その役にピッタリはまる感じがしたんですよね。

 自分としても、自然な演技をすることを心がけてきました。映画でも舞台でも不自然というのがあるからね。でも、自然な方が親しみが持てる。

 セリフの言い方でも、いかにもセリフっぽいというか、日常生活ではあんな風には喋らないだろうと思われたらダメなんですよ。できるだけ、普段の人間が喋っている言葉にしないと、観客には理解されないと思う。

 たとえば非常に激高している場面も、日常にないわけじゃないでしょう。その日常にある感覚を増幅していって、その役に求められる感情を演じる。それが演技なんです。

 たとえば『天井桟敷の人々』という映画で主人公がある女に恋をするけど、女は別の男を好きになってしまう。その時に『ありがとう。これで僕はオセロを演じることができる』というセリフがある。つまり、主人公は嫉妬という感情を経験したということで、そういう気持ちになることが俳優の演技だということをよく示しています。

 普通の生活の中にそういう経験はいくらでもある。それを舞台で表現すればいい。ですから、毎日の人生を敏感に一生懸命に生きるってことですよ」

■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

※週刊ポスト2015年7月10日号


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