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江沢民、トウ小平 田中角栄が被告になった後も敬意払い訪問

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 昭和の時代、その言葉と存在感で国民を興奮させ、日本の将来への期待感を高めた伝説の宰相がいた。「政治とは国民生活の片隅にある」と語る田中角栄の言葉は、没後20余年を過ぎた平成の日本人にも強く響く。

「水を飲むときは、井戸を掘った人の恩を忘れてはならない」

 中国の周恩来・首相は、日中関係について共産党の後進たちに繰り返しそう説いたという。角栄と周恩来はそれほど強い信頼関係で結ばれていた。

 角栄が首相として最初に取り組んだ大仕事が、中国との国交正常化である。1972年9月29日、日本は中国との共同声明に署名調印し、正式に国交を回復させた。当時、角栄は側近にこう話したという。

「毛沢東や周恩来は、死線を何十回も越えてきた創業者だ。その点で信用できる。話もつけられる。だから、毛周の目の黒いうちに、一気にやるんだ」

 当時、中国の国力はまだ弱く、日本からの援助を必要としていた。角栄は硬軟織り交ぜた交渉力で、前任の佐藤栄作首相が手を付けることもできなかった国交正常化を、就任わずか85日でまとめあげた。

 そこにあるのは、今の永田町のように「自分がすべて正しい」と相手の主張を門前払いするのではなく、立場は違っても相手の主張に謙虚に耳を傾け、まず信頼関係を築いていった角栄の人間力である。

 中国は角栄がロッキード裁判の被告となった後も敬意を払い続けた。1978年にトウ小平が、1992年に江沢民が角栄のもとを訪問している。

撮影■山本皓一(報道写真家):1943年、生まれ。2004年、講談社出版文化賞写真賞を受賞。主な著書に『日本人が行けない「日本領土」』(小学館)など。山本氏の秘蔵写真で角栄の人生を辿る『人を引きよせる天才 田中角栄』(笠倉出版社)が発売中。

※週刊ポスト2015年7月10日号


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