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ムハンマドとイエスとモーセは何が違うのか 橋爪大三郎氏

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 イスラム教を理解するにはキリスト教、ユダヤ教との差異を知る必要があるだろう。ムハンマドとイエスとモーセは何が違うのか。社会学者・橋爪大三郎氏と元外務省主任分析官・佐藤優氏が対談し、「世界3大一神教」の秘密に迫る。

 * * *
佐藤:ユダヤ教のモーセとキリスト教のイエス、そしてムハンマドは似ているけど、違う。その比較は重要ですね。

橋爪:まずユダヤ教の預言者モーセから見ていきましょう。彼は旧約聖書の5つの書物『モーセ五書』を書いたとされています。信仰の立場からいえば、実在はしている。しかし聖書学的にいえば、その存在は疑わしい。

佐藤:モーセが書いたとされる『モーセ五書』にはモーセの死後についての記述があります。これは逐語霊感説といって聖書は神の霊感によって書かれたという考えですね。

橋爪:それは昔から問題となり議論されてきました。モーセはエジプトから民衆を連れ出し、約束の地にイスラエルの民を導いた偉大な指導者です。神の声を聞き、王を批判するのが旧約聖書に出てくる預言者のプロトタイプだとすると、モーセは違った。モーセ自身が民を率いて王のような存在になった。

 しかし社会学の立場からモーセを検証すると実在が疑わしい。多くの預言者の様々な要素を投影したフィクションなのではないかと思います。

佐藤:イエス・キリストの実在性に関してはシュバイツァー(※1)の『史的イエスの研究』で一応の結論は出ています。イエスという男が1世紀にいたか実証できない、と。

【※1 シュバイツァー/フランスの神学者、哲学者(1875~1965)】

橋爪:しかしながら、いなかったという証明もできない。新約聖書にはナザレのイエスという実在したと思われる人物の記録が残っています。問題は、そこに描かれるナザレのイエスと、キリスト教会が新約聖書を通して信仰の対象とした“神の子”であるイエス・キリストは大きく違うこと。

佐藤:ええ、かなりのズレがありますね。

橋爪:実在したとされるイエスはユダヤ人でユダヤ教徒だった。では、預言者か、といえば、曖昧だとしかいえない。政治的なリーダーでもない。

佐藤:補足すると実在したキリストの言説は、ユダヤ教でパリサイ派(※2)に近い。おそらく自分自身が新たな宗教を開いたという意識はなかった。弟子たちも自分たちをユダヤ教徒と思っていた。だからみんな割礼していました。ユダヤでは王様が戴冠するときに油を注ぐ習慣がありました。そもそも「キリスト」とは「油を注がれた者」という意味です。

【※2 パリサイ派/ユダヤ教の一派。律法を厳格に守り、神による正義の実現を追求】

橋爪:またキリスト教では“神の子”であるイエスが人間の罪をあがなう「とりなし」をする役割を担っています。

佐藤:とりなしとは、仲介者として神と人間との間をとりもつこと。分かりやすくいえば、他者のために神に祈りを捧げる行為ですね。

橋爪:キリスト教では、その「とりなし」の権限が分離されて後継されるから、教会や司祭が存在し続けることができます。けれど、ムハンマドは「とりなし」という役割を持っていません。もちろんその仕組みもないから、教会ができずに、司祭のような神官階級が存在しない。そこもキリスト教とイスラム教の大きな違いです。

 ムハンマドは「最後で最大の預言者」ですから、彼のあとに預言者がいないという状態が続きます。またムハンマドは王ではないが、政治家で軍事司令官であり、神から預言者として与えられた権威を持っていました。

※SAPIO2015年7月号


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