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安心?して貧乏生活できる街のはなし

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 戦前の人ながら、同じ東北出身の詩人・石川啄木が次のような一文を日記に残している。

「東京に行きたい。無暗に東京に行きたい。
北海道まで来て貧乏してるようなら、東京で貧乏した方がよい。」

 啄木が貧乏であったのは、若くして養うべき家族を抱えながら、文学を志すも思うにまかせなかった事、そして何より異常なまでの浪費癖、借金癖のためであった。盛岡から函館へ移り職を転々とするも、貧しさから抜け出すため最終的に東京へ乗り込む事になる。

 貧乏の話はさておいても、東北出身ならずとも作家・芸術家を目指す者はまず東京を目指す、という傾向は現代においても根強いが、新しいモノや情報のある場所が東京・大阪といった大都市に限られていたこの時代ならばなおさらの欲求であった。啄木と同じ時代を生きた東北人としても宮澤賢治、佐々木喜善、金田一京助といった同県人はもちろん、太宰治、石川善助(仙台の詩人である)などとにかく大半の志ある者が東京を目指したのである。

 作家や芸術家を目指す、というと、まず第一に安定した定職の事を考えてから、というのが一般人の考える事である。
 確かに、啄木の時代などの話をドラマなどで再現する時、人は作家の貧乏生活を面白がって観ているが、現実の現代生活において、まさか隣の住人が本当に生活を顧みず、ろくに金にもならない創作で身を滅ぼしかねない日々を送っているなどとは夢にも思っていないものである。つまり、一般の人々にとって、作家の貧乏生活というのはファンタジーに過ぎず、大抵は
「小説なんて、働きながら書けるでしょう。」
「本当に才能があれば芸術だけで食えるし、本当に能力があれば他の仕事と両立もできるでしょう。」
などと知った風な事を言っているのである(笑)。

しかし、人が本気で作家・芸術家を目指した瞬間というのは、第一に安定した生活の事を考える、という事の方がむしろファンタジーである。現実には、確かに他の仕事をしなければならないとしても、所詮その仕事は優先事項ではないため、時に、いやしばしば本当の優先事項のために蹴る、つまりないがしろにせざるを得ない場合がある。その傾向が強まるのに関わらず、優先事項での稼ぎが増える訳でもなければ、生活は貧乏に傾いてゆく。これは昔も今も、基本的には変わらない、作家・芸術家を目指し、生きる人々に付き纏う現実なのである(そして、その多くは結局、安定した生活がいつの間にか優先事項になっていく・・というのもまた、現実であろうが)。

ところで、なぜ啄木は、「東京で貧乏した方がマシ」と考えていたのだろうか。
「北海道で死ぬより、東京で死んだ方がマシ」
という意味だったのだろうか?
いや、そうではないだろう。
「北海道で貧乏したら悲惨だが、東京で貧乏したならそれほど悲惨ではない(かもしれない)」
と考えたからに違いない。もっと言えば、
「東京でなら、貧乏しても楽しみがいろいろあり、生き延びる道、可能性があるに違いない」
という事である。啄木は、あくまでも東京まで死にに行ったのではなく、生きるために目指したのだ。まあ、当然の事だろうけれど。

 実際、啄木のみならず、多くの日本人にとって東京はそれぞれの地域の厳しい現実から逃れるためのアジールであり、憧れの地でもあった。東京にしてみれば、あらゆる事情を抱えた謂わば「難民」が押し寄せる訳で、いい迷惑という事になろうが、東京とはその需要に応える場所だった。何とか定住した「難民」たちも次に来る「難民」たちのために、更にそのための環境を整えていった。だから、啄木の目論見はもちろん、間違ってはいなかったのだ。

 松本零士の漫画『男おいどん』に代表される「大四畳半シリーズ」は戦後の高度経済成長期の頃の話だが、ろくに職もない地方出の若者が、安アパートに住みながら貧乏をたくましく、時に楽しげに生き抜く姿が活写され、戦前からの「貧乏が生き抜ける街」という伝統(幻想?)を東京が根強く有していた事を物語っている。
 ただし、啄木を始め、多くの貧しい芸術家たちが、結局東京で倒れていったのもまた、現実である。その心情が、郷土東北に生きて倒れていった、宮澤賢治と比べて悲惨ではなかったかどうか、は本人にしかわからない。

 そう、もうひとつここで言及しなければならない、肝腎な部分はそこである。すなわち、
「本当に東京の貧乏は、北海道の貧乏よりマシなのか」
という事だ(笑)。
 特に、時代が変転し、東京・地方、双方が大きく変貌した今、これからの貧乏を生き抜くべき街、地域とはどこなのか。

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