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一途で甘酸っぱい青春物語〜小嶋陽太郎『火星の話』

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 干支を聞いて言いづらそうにするのは、丙午の女子。誕生日を聞いて言いづらそうにするのは、3月3日生まれの男子と5月5日生まれの女子と4月1日生まれの人。そして星座を聞いて言いづらそうにするのは、乙女座の男子だ(松井調べ)。

 主人公の国吉は高校1年生で、乙女座の男子。テレビの占いコーナーで乙女座が12位だったことを気に病むような女々しさは、自分の星座のせいだと考えている(実は私も乙女座だ。しかし個人的には、国吉の友だちで”占いなんかまったく信じない”という獅子座の水野に共感する)。だが国吉は、なかなかどうして一本筋の通ったところもある男だ。「私は火星人」と言い続けて誰からも相手にされずにいるクラスメイトの佐伯さんに、ずっと恋心を抱いている。

 ふたりの距離が縮まったのは、ゲームコーナーで一心不乱に太鼓を叩く佐伯さんと遭遇してからだ。彼女にとって「太鼓の達人」は火星との交信手段だという。それまでも夏休みの教室で数学の補習を一緒に受けていたのだが、ある時を境に国吉は白昼夢を見るようになってしまう。それは、お姫様として暮らす佐伯さんと付き人として仕える自分がいる火星の夢だった…。

「恋は盲目」とはよく言ったもので、国吉には自分を気遣ってくれる周囲の人々がほとんど目に入っていない。水野(とその兄)しかり、担任の山口先生しかり、国吉が「根っからの浮つき女」とみなす高見さんしかり。佐伯さんだけを見ているのだ。それは若さゆえの一途さであり、残酷さでもある。もう大人になってしまった身には周りの優しさこそが心に染みる。特に山口先生のキャラは出色だ。若くてチャラ男風でトークも軽妙。ひねくれ者だった私は、自分が学校に通っていた頃そういったタイプの教師が大の苦手だった。が、山口先生のようなほんとうにいい先生もきっとたくさんいたのだと、今さら自分の頑なさを反省する。

「18歳の誕生日に火星から迎えが来る」と語っていた佐伯さんだったが、クリスマス・イブの朝、彼女から「いますぐ火星に帰る」と電話がきた。雪の中を佐伯さんのもとへとひた走る国吉はついに力尽きる。病院で目覚めた彼が見たものは…。

 私はこんなに甘酸っぱい青春とは無縁だったし、歳をとって現状を肯定する力に磨きがかかったため、自分の若かりし日々を惜しんだことはない。だが、この小説を読み終えて、初めて若さというものをうらやましいと感じた。もう自分は、こんな風に感情のままに後先考えず行動するようなことはないのだ。でも。今より若くがむしゃらに生きていた自分と今の自分はつながっている。だったら、昔の純粋さは今も自分の中にあるってことじゃない? 少し成長した国吉は、20年後にはNASAが有人火星探査に成功することを期待し、未来の自分に思いを馳せる。そして我が身を顧みれば、高校生のときに思い描いた未来の自分に、もう私はなっているのだ(私の場合、20年どころか30年たっちゃってるけど)。ぼやぼやしていられない、しっかり生きないと。

 本書は、12月第3週の当コーナーで紹介させていただいた『気障でけっこうです』(よろしければバックナンバー http://www.webdoku.jp/newshz/matsui/2014/12/17/130115.html をお読みになってみてください)の著者・小嶋陽太郎氏の第2作。1作だけならビギナーズ・ラックということもある。でも2作目でこれだけの作品を出してきたということは、これは期待していい。次作、切にお待ちしております。

(松井ゆかり)

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